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臨終

銀河売ります
思わず目を止めた

もちろん、宇宙の銀河の話ではない
サイエンスフィクション超大作「死神永生」には、DX3906という恒星1つ
惑星2つからなる天体の所有権を買い取り、女性にプレゼントした男の物語がある
そんなことができるのは、登場人物の雲天明ただ一人だけだろう
第一、価格は天文学的な金額である
そんなものを売る人も、買う人もいない

どうやら売りに出されているのは寝台急行の切符のようだ
だが、その急行はとっくの昔に廃止されているはずだ

ピーという汽笛が鳴り響いた

夜の東京駅のホームは肌寒い
ブルートレインが静かな存在感を示していた
銀河は13両の客車で編成されていた
うち11両が寝台車だ

熱海駅を過ぎると、もはや朝まで乗り降りする機会はない
だが、時々、停車するようだ
そして発車するとき、ガタンと音を立て車両が大きく揺れる

デッキに立つと、夜空が見える
満月の明るい夜だ

すれ違いの列車の強い風で車両が揺れた
泥のように体が重くなってきた

寝台に戻って、どれくらい時間が経っただろうか
朝は岐阜に停車するはずだが、いまはどのあたりなのだろう
寝台の振動が不思議に心地いい
何時にどこに着こうが構わないという気になってくる

何気なく昨日買った切符を取り出してみた
寝転がったまま、眺めてみた
日付は1975年7月7日、銀河の列車名は書いてある
だが、行き先が書かれていない

ピーという汽笛が鳴り響いた

鉄橋を渡り終わったようだ
体が軽くなった

まわりに大勢の人が集まっているようだ
彼らはベッドを取り囲んでいる
白い服を着た男が何かを小さな声で言った
泣き出す女がいる

「どうしたんだ」と声をかけようとした
だが、彼らはまったく気づかない
まるで見えないかのようだ

ピーという汽笛が鳴り響いた

誰かが広告に目を止めた
銀河売ります
と書かれていた
(740字)

シロクマ文芸部の企画に参加させて頂きました。今回のお題は「銀河売り」でした。どうぞよろしくお願いいたします。

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