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ローレンツアトラクタは暴走するか

気象現象の予測の困難性を数学的に説明した MITの気象学者・数学者のエドワード・ローレンツ博士の見出した3元微分方程式の解の異常な初期値敏感性は、ローレンツアトラクタと呼ばれています。ローレンツ博士が 1972年に行った講演のタイトル "Predictability: Does the Flap of a Butterfly's Wings in Brazil Set Off a Tornado in Texas? "(予測可能性:ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?)から、バラフライ効果の名前でも有名になりました。

今日では、カオス現象、カオス理論としてよく知られていますが、決定論的な取り扱いがなされる系であるにもかかわらず、ほんのわずかな初期値の違いによって、まるで異なる時間発展をもたらすところが注目ポイントです。気象予測の立場では、まさに不都合な真実です。


ローレンツ博士が1963年の論文 "Deterministic Nonperiodic Flow" は、気象現象の流体モデルにおけるカオス現象を説明したものです。

https://doi.org/10.1175/1520-0469(1963)020<0130:DNF>2.0.CO;2

用いられたのは、単純な連立微分方程式です。x(t), y(t), z(t)の3元連立微分方程式です。σ、ρ、βは正の定数です。1次元的な対流を頭に描いたようです。x(t) は流線関数の基本モード、y(t)は温度の基本モード、z(t)は温度の第1次高調波モードとします。定数は、流体の物性値です。σは プラントル数(大きいほど粘性の影響が強い)、ρはレイリー数(大きいほど浮力が強い)、そしてβは対流の水平波長に対応します。ここで、論文中に示されている通りの σ = 10, ρ = 28, β = 8/3 とした時の時間発展の軌跡の外観がアートのようで美しいので、とても有名になっています。  


それでは、いわゆるバラフライ効果、つまり、わずかに異なる初期値が、時間発展に著しく異なる効果をもたらすという点はどうなのでしょうか?


x(t), y(t), z(t)に対し、わずかに異なる初期値 (1, 1, 1) の代わりに (1, 1, 1.00001) を与えたら、同じ微分方程式の解は、非常に異なったりするのでしょうか?  この点をずばり計算なさっている記事を見つけました。

”A different view of the Lorenz system” by John D. Cook, 
https://www.johndcook.com/blog/2020/01/26/lorenz-system/

上のグラフは、初期値が (1,1,1) の時の x(t) です。こんな風に時間的に振動し、また、(x,y,z) の3次元プロットをすれば、先ほどのような美しい軌跡になるのはもはや誰でも知っています。

下のグラフは、初期値が (1,1,1) の時の x(t)と初期値が (1,1,1.00001) の時の x(t)の差をプロットしたものです。z(t) の初期値を10万分の1増やしただけです。たいていの観測、計測、実験ではほとんど誤差でしょう。しかし、t=25 以後で、大きな違いが生まれています。もし、これが予測問題であったとすれば、ここからが大きなハズレが生まれる領域です。

流体の性質に依存するパラメータによっても、こうした効果はちがってくるでしょう。

Md. Shakhawat Alam and Payer Ahmed,  ”Several Chaotic Analysis of Lorenz System“, European Scientific Journal, 13, 438 (2007).
https://doi.org/10.19044/esj.2017.v13n9p438

この図のbは、もともとのパターンとほぼ同じ(ρ=28に近い)ですが、a, c, d は、流体の伝熱の性質を動かしています。a と c は、かなり小さな値を与えています。d は、かなり大きいです。

現実の大気現象では、こういうところが大きく変わるのかどうかはわかりませんが、数値実験は、こうした検討も行うことができ、いろいろと考察ができます。

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