豚骨ラーメンが、アメリカ、カナダで大流行中だけど、あの問題は......
私がカナダに来た当初は、誰も彼もが、日本酒、日本酒、うるさかった。
しばらくすると、どんな意識高い系&小洒落た集まりに行っても、
「日本のウイスキーが」とか、「日本のウイスキーをさ」という話が必ず飛び出すようになった。
別に日本人の私が参加してるからってわけじゃなくて、カナダ人、アメリカ人が、普通に話題にしてたってこと。
そして、おみやげとしての日本酒は喜ばれるけど、食生活の違いもあって、飲むタイミングが限られている。だから、ウイスキーの方が受け入れられやすいし、希少性もあって、いまだに人気が続いている。
で、去年あたりから、爆発的な人気が出てるのが『ラーメン』。
猫も杓子もラーメン、ラーメン。
まあ、2、3年前からその気配はあったんだけど、なんていうのか、こっちで食べるラーメンって、微妙に改造してあって、日本の味とはうっすら違う仕上がりになってることが多い。
なんていうか、塩味が抑えられてたり、豚骨のパンチが抑え気味だったり。
だから、まるっきり違うなら、そういうもんだと思えるんだけど、この『微妙に』ってとこがまた、「これじゃない感」を増幅させるというか。
そんなこんなで、私はあまり外にラーメンを食べに行くことはない。むしろ、日系のスーパーで、ちょっと高いけど、日本で売られている生麺タイプのものを買って、家で作って食べる方が好きだ。
そんな中、中東系のルーツを持つアメリカの友人のAちゃんから、「本当に美味しいラーメン屋を見つけたから、日本人のあなたに食べてもらいたい」とのお誘いがあった。
久しぶりにアメリカの友人らと会う機会があって、飲んで、喋って、締めとして、とうとう例のラーメン屋に連れ立って出かけることになった。
ついてみると、そこは、もろ日本のチェーンのラーメン屋さんの風情で、なんだか、店名も聞き覚えがあった。
即、ネットで調べると、やはりちゃんと日本で開業してるラーメン屋さん、しかも、九州発で豚骨ラーメンが主力の店の海外進出だった。
「これは期待できるかも」という心情と、「また微妙な改造されてるバージョンかもしれない」という心情が交差する。
そして、いよいよ実食。
日本で食べる豚骨と遜色ない。若干、豚骨の風味が抑えられているみたいだけど、まったく気にならないレベルだった。
連れの友人が皆私のリアクションを、固唾を呑んで見守っている。
「これ、日本のやつとそっくりだし、日本以外で私が今まで食べたラーメンで一番美味しいかも」
と告げると、Aちゃんは、ガッツポーズを決めていた。
そこからは、普通にみんな食べていたんだけど、私はある瞬間、あのことに気づいてしまった。
......確か、Aちゃんは、イスラム教で豚を食べなかったはず。
以前も、どこか食事に行った時、豚以外のものを、わざわざ注文していた記憶がある。
Tonkotsu Ramenの『Ton』は豚。
背中にじっとりと汗をかく。
これは、ラーメンの熱気のせいではない、冷や汗の方だ。
ああ、どうして私は気づいてしまったんだろう。
気がつかなきゃ、こんなに悩まなくてすんだのに。
それからは、せっかくの豚骨ラーメンの味が、急激に味がしなくなっていった。
これは、Aちゃんに伝えるべきなのか。
でも、あんなに嬉しそうに豚骨ラーメンを食べているのに、冷や水かけるようなことは、私にはできない。なにせAちゃんは、ポイントカードをためるほど、このラーメン屋に通っているのだ。
結局、私は言い出せないまま、食事を終え、Aちゃんにバイバイした。
そして今だに、言えずにいる。
不思議なんだけど、Aちゃんは、アメリカで、もういわゆる西欧の普通の服着て生活してる。
なのに、食事の教えだけは守っている。
線引きがよくわからない。
でも、まあ、周囲に強要もせず、自分で決めた範囲で、宗教とつきあうっていうスタイルが、本人にとっても、まわりの人間にとっても、一番いいのかもしれない。
でももう、誘われても、一緒にラーメン屋には行かない。
〜終わり