どうか見てはくれないか

「どうせ見てもらえないのだ。」

僕の作品も僕自身も

仕事終わりの車内。
中学の時に好きだったバンドの音楽を鳴らしながら、そのリズムを狂わすように左へ曲がる合図が光ってる。
中々車は途切れず思うようには帰れない。
若干のイラつきを誤魔化すようにうろ覚えの歌詞を歌う。

ライトを点けるかどうか迷っていると、走る音が聞こえるトラックが前を通りすぎた。

あー、今アクセル踏めばトラックとぶつかれたかな。

歩行者がいないことを確認してハンドルを回す。
わざとらしく音を立てて吐いたため息に、煙草を吸っていたら白い煙が吐き出されていたかなとかどうでも良いことを考える。

信号が赤になり、手持ち無沙汰になる。
ラジオに切り替えると高校の同級生が好きだと言っていたシンガーソングライターの歌が流れていた。
確か映画の主題歌か挿入歌で、声が特徴的な人の歌だった。
明日は休みだしDVDでも借りようかなと、迷っている内に信号は青に変わりレンタルビデオ屋へ行く道を選ぶ前にいつもの道へ進んでしまった。

「壊れる音も聞こえないまま」

それまで音で耳に入っていた歌が、そのワンフレーズだけ頭の中に止まった。
ハンドルをぎゅっと握り、体が強ばる。
胸やおでこの裏がずるり、と何かが移動するような気持ち悪さも感じた。

壊れる音、ってどんな音だろう。
ガラスが割るような音だろうか、
何かが爆発するような音だろうか、
岩とかが崩れ落ちる音だろうか、
それとも水で弾ける小さな泡の音だろうか、

どんなものにせよやけにその「壊れる」という言葉の響きが今の僕には魅力的なものだった。

僕は今、壊れたいのだ。
それは、壊れることで他の人とは違う自分を確立したいのかもしれないし、
壊れることで現状から逃げ出したいのかもしれないし、
壊れることで自分だけの世界にいきたいのかもしれない。

仕事はどちらかと言うと上手くいっている方だと思う。
上司や周りの人間からは良い評価を受けていると思うし、
可愛がってもらっていることも実感してる。
褒めてもらえれば素直に嬉しい。
上手くいかないことも多いが、総合的に考えると恵まれた環境にいると思う。
でも、いつまでこの状況が続くのだろうと不安を感じることがある。
仕事に夢中なればなるほど、他の自分を見失いそうで怖くなる。

その考えが強くなったのはつい先日のことだった。
僕はいつからか思い出せない位小さな頃から、絵を描いたり文章を書くことが好きだった。
でもそれで食べていけないことは小学生の時には気づいていたし、だからこそ自分は将来どんな職業にもつかないと思っていた。
それが十数年後、何となくでも働いて社会人になっている。
忙しいと理由を付けて趣味を楽しむことをしていなかったツケがここにきて自分を陥れるとは思わなかった。

久しぶりに広げたスケッチブックに、何を描こうかと悩む前に右手は動き出していた。
右上から左下にシャッと引いた曲線は、人の額に見えたのでそのまま横顔を描くことにした。
ぐいぐいと、紙に引っ張られるような、周りが気にならなくなるような空間が僕を落ち着かせた。

あぁ、楽しい。

これだけ、今はこれだけ考えるのが楽しい。
そうだ、今度はこの人物のプロフィールを考えよう。
そして、物語を想像するんだ。

その充実した時間はすぐに過ぎた。
1枚の絵が完成し、
達成感と虚無感が頭をぼうっとさせた。

例え、誰にも見せない作品であっても、
創作は自分の存在価値を実感し認められる行為と時間だった。
許されるならずっと続けていたい、
気づくまで食事すら摂らず没頭していたい。
決まった時間に決まった場所で過ごすのではなく、
時間を気にせず自分とだけ対話していたい。

僕は、好きなことを続ける努力をしてまで、
好きなことをしたいわけではないらしいことにどうしようもないやるせなさを感じた。

僕は絶望する。
絶望、望みが絶えるという意味ならば、
望んでいた何かがあったはずで、
僕は文書を書くくせにその望みを言葉にすることが出来ない。

「幸せになりたい」

それが僕の望みであるが、その幸せがどういった状態なのかわからないのだ。
好きなことをしたいなら、仕事を辞めればいい。
ただ、仕事を辞めてしまえば金銭面での不安が生まれる。
僕が、好きなことと仕事とを両立できれば良かったのに。
好きなことが仕事になればよかったのに。
好きなことがお金という対価で認められればよかったのに。
好きなことなら他人に否定されても平気でいれればよかったよに。

家に着いてしばらくは車から降りることが出来なかった。
今も迷っているんだ、やっぱりDVD借りようかなって、
今ならまだ車のエンジンを入れて向かえるって。
でも、夕飯食べなきゃとか風呂に入らなきゃ、早く寝なきゃって変な焦りも感じて鍵を回せない。

ふと家の窓を見ると猫と目が合った。
猫が僕の姿を見つけるとくるりと体を反転させた。
あぁ、玄関に餌を催促しに来たな、と顔が綻ぶ。
まだ、その時間には早いよって思いながら助手席に投げたカバンを手に取る。
鍵を引き抜きドアを開ける。

今日も趣味を満喫することはできなさそうだ。

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