コミュニケーション能力とはセンスではなく技術である
こんにちは。
今日は「コミュニケーション能力はセンスではなく、技術である」ということについてお話したいと思います。
仕事やプライベートにおいて、コミュニケーション上手な人は、周囲と友好な関係を築けたり、何かとお得です。実際、いくつもの書籍のテーマになっているように、コミュニケーション能力は多くの人にとって興味・関心が高い議題のようです。
私自身も仕事柄、企業経営者やビジネスマンの方などから、「どうやってコミュニケーション能力を身につければ良いか」という相談を受けることがあります。
そしてその際、「自分は話のセンスがないので、コミュニケーション能力を高められない」といった悩みもよく頂きますが、個人的には「コミュニケーション能力とは、センスではなく、技術である」と考えています。
先天的な才能であるセンスではなく、後天的に身につく技術・スキルであるという考え方ですね。技術である以上、そのスキルを高めていく上で欠かせないのは「経験」です。この場合の経験とは、色々な考え方の人と話す経験のことです。
コミュニケーションには正解がない、もしくは正解がわかりづらい、とよく言われますが、その最も大きな理由は「相手によって正解が変わるから」だと思います。言い換えれば、コミュニケーション上手な人は、相手の立場に立って考えることができる人とも言えるでしょう。
世の中には色々な考え方の人がいるので、極論を言えば一人一人ベストなコミュニケーションが変わります。ですので、その場の状況や相手を鑑みて、適切な会話の引き出しをいくつも持っている人がコミュニケーション上手な人と言われたりします。
例えば、ビジネスの場では感情を抑えた話し方が好まれても、友人たちと楽しくご飯を食べている時にそれでは白けてしまうかもしれません。お年を召された方には、タピオカの話よりもお孫さんの話の方が喜ばれる確率は高いでしょう。
相手、そしてテーマや状況によって、適切なコミュニケーション(の正解)は変わります。だからこそ、正解が見えづらく難しいのです。この難題をクリアするためには、場数を踏むしかありません。色々な人と、様々な状況で多くのテーマについてやりとりした数が、あなたの会話の引き出しを増やしてくれて、コミュニケーション能力を高める最短ルートなのではないか、と思っています。
そして、信じられないほどの場数を経て、数多くのやりとりの引き出しを得た人を見て、人は「あの人のコミュニケーション能力はセンスがある」と言います。もしかすると、目の前のコミュニケーション上手な人のセンスは、これまでの見えない努力が場数によって培われた技術なのかもしれない。そう思ってみると、世界の見え方が変わるかもしれませんね。
お読み頂いてありがとうございました。
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