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杏子(脚本)第3話

第3話(さえない男とファンレター)
場面1 杏子は、看護師寮の部屋で一人ひっくり返って音楽をかけたまま、音楽を聞くでもなく、開いた雑誌のページをぼんやりながめている。(部屋でかかっている音楽は、筋肉少女帯のノゾミのなくならない世界。開いた音楽情報雑誌は、ぴあ)

場面1 杏子は、雑誌ぴあのライブハウス情報ページを閉じて、もう一つの音楽雑誌ロッキンオンに手を伸ばしながら

場面1 杏子「活動休止、解散、どっちもおんなじことなのに、こんなに違うかぁ〜。」

場面2 杏子「チケット買えなかった。あ〜大事なLiveなのに。」

場面2 LINEの画面(解散Liveチケット取り置きで用意しとくよ。)嵐から

場面2 杏子、LINEの画面をながめながら

場面2 杏子「だから、なんで行く前提なの?あ〜この連絡が筋少で、チケットが逆だったら、吹っ飛んで行くよ。つーか、嵐の友達でも、ファンでもない私に解散Liveの連絡すんな。」

場面3 杏子は、見ていた携帯をベッドに向かって乱暴に投げながら、ブツブツとまだ文句を言っている。

場面3 杏子の部屋は、大きな家具はベッドだけで、本はカラーボックスにしまわれ、CDは、CDラックに収まっている。
 看護師寮といってもかなりの築年数の建物で、15畳の板の間のみの部屋で、本来なら、この部屋は、二人で使う予定だったが、入寮予定だった同室者は、国家試験を落ちて就職出来なかったので、特例として一人部屋になった。
 食事は、寮母さんが、食堂で時間で出してくれるので、台所は部屋にない。準夜勤の後のカップ麺用に床に電気ポットが置いてある。水道もトイレも共同のため、廊下の真ん中の洗濯機置き場の隣に、水道とトイレがある。

場面4 杏子の携帯が鳴る

場面5 杏子「もしもし、友ちゃん。何してたって、何も。寮でゴロゴロ。私だって出たいよ。こんなとこ。だけど私仕送りあるからさぁ、ぜんぜん貯まらないアパート借りる資金。」

場面5 杏子「えぇ〜またシフト変わって欲しいの!ダメダメその日は。デートじゃないよ。日本で初めての写真展だからダメ。青山でやるの。」

場面6 携帯を切る杏子。

場面6 杏子モノローグ(やっと、切った。友ちゃん長いよ話しが、)

場面7 部屋に一つある下北の雑貨屋で買った小さなテーブルに向かいながら手紙を書く杏子。

場面7 手紙文面(藤本ひとえ先生お元気ですか、私は変わらずつまらない病院で今日もう、つまらない患者さんとつまらない仕事をして死にそうです。)
 ここまで書いて杏子は、手紙を消しゴムで消す。

場面8 杏子「こんなの貰ってもちっとも嬉しくない、ダメダメ、ファンレターの基本は、推しを喜ばすこと。まずは、読み終わった本の感想から、だ〜グチしか、書くことねー。こんなの貰って嬉しいかなぁ?先生。まぁ、本人が読むことなんてないだろう。まず、編集者に破棄されるよなぁ。」

場面9 杏子の読まれないと思っていたファンレターは、ちゃんと藤本ひとえ先生にちゃんと渡されて、読まれていた。

場面10 藤本ひとえ先生「この人毎回新刊の感想送ってくれるんだよ。ただ、僕を勝手に女の先生だと思っているみたいでね〜、まぁ、写真載せたのは新人賞の一回だけだししょうがないか(笑)」

場面10 編集者「先生、サイン会しませんか?読者も、そのファンみたいに、先生を勝手に女だと思ったり、ミステリアスな想像めぐらしているかもしれませんよ。」

場面10 藤本ひとえ先生「いや、いや。ダメダメ、知ってるでしょう。口下手通り越して、女見ると、メデューサに見られたみたいに石になるの。」

場面10 編集者「でしたね。良いアイデアだと思ったんですけど。」

場面11 藤本ひとえ先生 編集者にチラシを渡しながら

場面11 藤本ひとえ先生「次回作の参考に、今度青山でやる写真展に行こうと思って。」

場面12 青山通りの特設会場の写真展

場面13 写真展の中

場面13  杏子は結局友ちゃんとシフトを交代して、ずっと行きたかった写真展には、夜勤明けでシャワーを浴びて寝ないで来た。

場面14 杏子モノローグ(結局変わっちゃった。ダメだな〜私。あれ、地震!違う、私・・・)

場面14 杏子は、貧血を起こして、めまいを地震と一瞬勘違いした後、ヘタヘタとその場にしゃがみ込む。

場面15 藤本ひとえ先生「大丈夫ですか?」

場面15 杏子が声のする方に、かろうじて顔を向ける。目までかすんで、よく見えないけれど、その時その方向から、蘭の花のとても良い香りがした。

場面15 杏子「いいにおい」

場面16 藤本ひとえ先生「えっ、少し休んだほうがいい、すいません。この人休んだほうが良いんだけど。」

場面16 写真展のスタッフ「併設のカフェがあるので、そちらでよろしければ座っていただけます。歩けますか?お客様。」

場面16 杏子「すいません。だっ、大丈夫です。」

場面17 藤本ひとえ先生「無理しないほうがいい。顔色良くないですよ。」

場面17 フラフラの杏子を写真展のスタッフと、藤本ひとえ先生が両脇を支えるように立ち上がる。

場面18 併設のカフェで杏子と藤本ひとえ先生が向かい合って座っている。

場面19 藤本ひとえ先生「じゃあ、昨日の夜から一睡もしないで此処に来たんですか!」

場面19 杏子「えぇ、いつもならなんでもないんですけど、変わった今日に限って忙しくて、休憩もろくに取れなかったのがいけませんでした。」

場面20 杏子は小さく頭を下げる。

場面20 杏子「すみません。ありがとうございました。」

場面21 藤本ひとえ先生「徹夜はキツイですよね。わかります。」

場面21 杏子「えっ、お仕事何されてるんですか?」

場面22 藤本ひとえ先生は、少し慌てて話しだす。

場面22 藤本ひとえ先生「あっ、ゲーム会社に勤めてまして、徹夜しょっちゅうなんです。」

場面23 藤本ひとえ先生モノローグ(ゲーム会社に勤めてたのは、作家になる前のはるか昔じゃないか、何、平気で嘘ついてんだ俺)

場面24 杏子のカバンが手から滑り落ちて、床に中身の財布とポーチと本が床に広がる。

場面24 杏子「すいません。」

場面24 藤本ひとえ先生と私で、バラバラと床に広がった財布とポーチを拾っている。

場面25 藤本ひとえ先生が本を拾いながら、本が自分の書いた本だと気付く。

場面25 藤本ひとえ先生「この作家お好きなんですか?僕はあまり本は読まないので。」

場面25 藤本ひとえ先生モノローグ(ちょっと待て俺、今、自分のこと僕とか言ったか!)

場面25 杏子 「えぇ、私大好きな、作家なんです。文体がいかにも女性らしくて、私の憧れの女性なんです。」

場面26 藤本ひとえ先生モノローグ(ちょっと待て、俺が女!?憧れの女性!)

場面26 藤本ひとえ先生「そんなに素敵なんですか、その作家さん」

場面27 杏子「姿は見たことないんです。ただ、作品を読んでるとそんな感じがするんです。だけど、時々おじさん作家みたいに同じこと何回も説明することがあって、それがクドくて、気になるんですけど、ファンレターには書きません。」

場面28 藤本ひとえ先生「ファンレターも出しているんですか!?なんで自分の気持ち、書かないんですか?」

場面29 杏子「嫌われるのが怖いんです。ファンレターの中の一通で記憶にも残らない方が幸せなんです。嫌いな人として記憶に残る方がずっと怖いんです。」

場面29 藤本ひとえ先生「せっかく手紙までくれるファンを嫌いますかね?」

場面30 杏子「ファンレターは、ファンから送る作家へのエンターテイメントだと思うんです。物語で作家が読者を楽しませてくれるように、私は、ファンレターで、作家を喜ばせたいんです。作家の見たいファンの影を演じることで、次の作品のインスピレーションをかき立てるんですって、何私熱くなってすいません。」

場面30 藤本ひとえ先生モノローグ(もしかして、この人!?)

場面31 藤本ひとえ先生 「新刊のたびにファンレター書いてるんですか?」

場面31 杏子「はい、けっこう人気の作家みたいですけど、私は、後追いだったので、全部は、読めてないので、ファンレターなんて読まれてないけど、私の記録です。」

場面32 藤本ひとえ先生「読んでますよ!あっ、いや〜、と思います。僕だったら嬉しいです。」

場面32 藤本ひとえ先生モノローグ(びっくりした。初めて俺のガチファンにあった。)

場面32 杏子「嬉しい、ですかね〜?でも、そう言われたら、安心しました。」笑顔

場面33 杏子「だいぶ楽になったので、私帰ります。」

場面33 杏子カフェの椅子から立ち上がる。

場面34 藤本ひとえ先生椅子から中腰で尻を浮かせながら、あわてて

場面34 藤本ひとえ先生モノローグ(どうする、どうする彼女帰っちゃうぞ!こんな人二度と会えない、俺が石にならないで話しができた女なんて、小学校以来いないぞ、勇気を出せ、俺)

         つづく

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