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実験事業『黌辞苑・済々黌写真部元気セミナー』を始めました。

2023年7月25日、熊本をベースに活躍されているカメラマン・内村友造さんをお招きし熊本県立済々黌高等学校で『黌辞苑・済々黌写真部元気セミナー』の第1回目を行いました。

次いで8月23日には崇城大学の甲野善一郎准教授と甲野ゼミの皆さまのご来黌をいただき、第2回のセミナーとしてワークショップを行なっていただきました。

いずれも夏休み中の午前中の夏課外を終えた写真部の生徒さんに午後の時間をいただき、座学的なお話と黌内撮影と講評を組み合わせたセミナーです。


『黌辞苑』という、サイトだかSNSだったりするナニカが、なぜ熊本県立済々黌高等学校写真部の皆さんへセミナーを開くことになったのか。

本来なら初回のときに皆さんにお話しすべきでしたが、うっかり忘れていたので、第2回のワークショップの冒頭でご挨拶に替えてお話ししました。


その内容は僕のブランディング業務の基本方針にも関わることですので、一例としてここで皆さんにもお話しすることにします。


まずは僕の自己紹介(そこも第1回できちんとできてなかったのですごめんなさい)から。

見ての通りなので見てみてください。

田中泰延さんに撮っていただいた写真をありがたくかしこみながら表示しております


最初に就職した株式会社I&S(アイアンドエス)。
新聞部で1年間広告業の基礎を学んだのち、マーケティング局に配属され6年間ほど勤務。
先輩方に恵まれ、多種多様なしごとを経験しました。

ブランドの仕事も多かったのですが、すでに成立しているブランドを維持する、あるいは人知れずリニューアルするような仕事もあり、派手なイメージ戦略だけではない地道さとその奥深さの経験を積み重ねることができました。

セゾングループ系が多いのは、I&SのSがセゾンだからです。Iは第一広告社の「1」

株式会社I&S時代に関わったブランドを示しています。

ブランドの仕事というと、ビジュアルをデザインしたり、タグラインとかステートメントとかコアとかパーパスとか(なんやら、かんやらを)作ったり、格好よくて頭良さそうで腕組みして斜め位置で写真に収まりがちなもののように思えます。

ですが、そういうものだけではなく。
例えばある流通企業のブランドを維持する仕事の一環としては、店舗ごと&売り場ごとの販売効率を全ての店舗・売り場について計算し、全体の指標を抽出しつつ整理するなどのしごとにも携わりました。
またあるときは敵対的TOBを仕掛けられた側の企業のPRやコミュニケーションレベルの内部統制なども体験しました。
その経験は転職後に直面した、ブランドがある大型PRイベントから撤退するにあたり予想されたイメージ毀損を防止するコミュニケーション構築および展開に活かすことができました。

そのような地道な作業を積み重ねて、クリエーティブの皆さんに心置きなく創造・制作に打ち込んでいただくことができる下地をつくり、最後まで見届けることもアカウントプランナーの仕事です。

ですので、ここで出した有名企業のビジュアルアイデンティティ的なものについては、その制作には携わっていません。ブランドの宇宙観を維持するために何をやるべきかを、実体験で学んだのが株式会社I&S時代でした。

左から二つ目はねんりんピックふくおかのマーク?キャラクター?

九州にUターンしてからブランドの仕事の比率は下がったのですが、それでもいくつかお手伝いすることができました。

「くまもと県民交流館パレア」はロゴマーク制作やオープニング式典を担当しました。

しっかりしたコンセプトを立てたのち、制作は東京・銀座の新村デザイン事務所( https://www.garden-d.co.jp )に依頼しました。新村則人さんとは株式会社I&S時代にチームを組んでいくつもの仕事をした仲間でした。当時は資生堂の仕事をよくされていたように思います。
もう30年ほど前の仕事ですが、オレンジ色のシンボルマークはいまでも同館の職員の方をはじめ多くの方に親しみを持っていただいており、大変ありがたく思っています。

「くまもと手しごと研究所」では、普段の暮らしとともに存在するバーチャル研究所という不思議な異空間を造り、それを県下100人くらいのリアルな仲間とともに実働させるという実験的な仕組みをつくりました。グッドデザインアワード2015も受賞し、熊本県の県民幸福度向上やシビックプライド的な地域ブランディングに大きく貢献したと思っています。

このプロジェクトの設計には、電通中部支社の仲間が開催してくれた芦田宏直( https://twitter.com/jai_an )さんのセミナーや、先輩の佐藤尚之さん( https://twitter.com/satonao310 )から教わったり学んだりした知識や経験を注ぎ込みました。

黌辞苑と書いて「こうじえん」と読みます。


個人事業「テーブルプランニング」時代の仕事としては済々黌140周年記念サイト『黌辞苑』などの作業があります。

など、と書いているのは進行中の作業については守秘義務等の関係で明らかにできないものもあるということです。
大人の事情です。

そもそも熊本県立済々黌高等学校の「ブランド」をいじくるとなると、コトが県のアレですからそう簡単にはいきません。
ですが、後で詳しく述べますけれども、済々黌的なるものは学校組織だけのものでもないのです。
それゆえに発注主が済々黌同窓会となる『黌辞苑』プロジェクトが成立し「済々黌なるものというのは一体どういうものか」を解きほぐし、発信するという活動が可能になりました。

このしごとが形になるまでには熊本県立済々黌高等学校の黌長先生をはじめ多くのご関係者のお力添えをいただき、加えて同窓生諸先輩諸同輩諸後輩のお力添え、僕がいた電通グループの同じく「辞め電」の田中泰延さんや株式会社ひろのぶとの取締役の皆様のご判断やご参加、ライターの井関麻子さん(熊本高校出身!)や取材先の皆様(ほとんど済々黌関係がいなかった!)やコラムなどを書いていただいた皆様の、知見やクリエーティブ力の発揮をいただくことができました。
ほんと、感謝してもし足りません(今でも半泣き)。

そのような皆様のパワーの集大成として2022年11月11日に済々黌創立140周年記念サイト『黌辞苑』を上市(ローンチ、ともいいますね)でき、またTwitter(当時)「済々黌140周年記念サイト『黌辞苑』公式」を2022年12月に開始することで『黌辞苑』プロジェクトが動きはじめたのでした。
(もっとも、多くの先輩方は「サイトば作っとだろ?」というご理解で、それが新たなプロジェクトの開始だとは気づいておられません。もしかすると今も…しばらく黙っとこ)


ところで、いま東京だけではなく地方でも、とにかく日本中でクリエーティブに関わる人々、ウェブに関わる人々が「ブランド作業、得意です」と口にする時代が訪れています。
確かに多くの成功事例があるのですが、その一方で人知れず消えていくその数万倍のうまくいかない事例があります。

僕の場合は経験も実績もあるので「やります」と言いますが、軽々しく「もちろんできますよ?」と言い切るのは躊躇します。
なにしろ飽きっぽい性分の僕です。
企画以前の地道な作業の多さに、これまでも呻吟しながら進めて形にしてきたというほうが正しいかも知れません。


さて。

ブランド作業には二つの作業があります。

この2つとも、プランナーのリベラルアーツ力が試されるステージなのです

ブランド化する作業と、ブランディングの2つです。

ブランド化の作業とはブランド以前のものをブランドという存在にしていくこと。
ブランディングの作業とは、ブランドであることを継続する作業。

ブランドは継続する存在ですが、継続するためには同じことをし続けてはダメなのです。
同じことをしていると人々の意識の下の方へ沈殿していくか、意識上にあっても陳腐化していくかのどちらか、あるいは両方になっていきます。
だから維持する作業がものすごく難しい。

本来後者が大事で、人手やお金や時間をかけるべきです。
ですが前者が派手なせいか多くの発注主がそちらにお金をかけて、そのあと上手くいかないなあと嘆息することになります。

一方で「手離れがいいしごと」はブランド作業の経験が浅い制作側のほうも楽なので、バッドなウィンウィンな関係があちらこちらに成立してしまいます。ウェイウェイな関係なのかもしれません。


ウェブサイト『黌辞苑』を企画する際に「済々黌的なるもの」についてブランド診断を行ったことは「日本ブランド経営学会」の月次サロンで発表した通りです。(え?知らない?)

立教大学が株式会社博報堂と組んでスクールアイデンティティ事業を開始してずいぶん経ちました。そのあと他校も続々と参入したのでスクールブランドという言葉はずいぶんと定着してきたようです。
済々黌は甲子園での活躍だけではなく、これまでの卒業生の頑張りやその成り立ちの特異性によって、ご当地熊本でも全国的にも知られていて何とはなしのイメージもあるのでスクールブランドといえるように思います。

2015年の朝日新書『名門校とは何か?人生を変える学舎の条件』で持ち上げられ、2021年のマイクロマガジン社刊『これでいいのか熊本県』でこきおろされ、ステレオタイプ化した済々黌ブランドが良くも悪くも浸透していることが確認できます。


そうしたなか、2022年11月に済々黌創立140周年記念サイト『黌辞苑』を上市しました。

サイトオープン後の2日半(60時間)で1200人の方にサイトに来訪いただき、うち約1000人は済々黌とは関係のない方々でした。Twitter(当時)でも「こんな学校があったのか!」という好意的なコメントばかりで、一般の方にご理解いただくという当初の目標は達成できたと判断しています。

ですが。

創っておいてこう言うのもアレですが、サイトは博物館みたいなものです。
そこには過去、あるいは過去に設定された未来の予告しかありません。


同窓会のおじさまがたとの諸調整の末にやっと2022年12月にTwitter(当時)「済々黌140周年記念サイト『黌辞苑』公式」を試験開設。
2023年4月に同窓会から公認されて改めて始動することで、つねに「今そこにある済々黌的なるもの」を発信することができるようになりました。

しかも場合によってはタイムラインで絡む(公開で他のTwitterユーザーとリアルタイムでやりとりをする)ので、まさに対人関係の場をつくったことになります。

このSNSを使って、従来の同窓会広報にはなかった、生徒の皆さんや若い同窓生、済々黌とは関係のない一般の方がたとの直接的なゆるい関係を模索しています。

ウェブとSNSがあったら、リアルもね

そして。
SNSを始めたら、リアルも始まります。

SNSとはそういうものです。

リアルな関係抜きのSNSはありえない。
それがSNSがある時代のブランドコミュニケーションの基本です。
マッチョイズムのマーケティングコミュニケーションでは、リアル抜きのSNSによる関係づくりはありえますけれども。

ということを考えていたとき。
子飼商店街のカフェ「陽月堂」のオーナー、和泉秀さん( https://twitter.com/Izumi_Shigeru )のTweet(当時)が目に止まりました。
熊本県立済々黌高等学校の写真部の顧問の先生から「生徒へ写真の指導をしていただける方がいないだろうか」と相談を持ちかけられたという内容です。
僕自身が写真部の皆さんへの撮影スキルの提供を行うことはできないのですが、これまで大学生の就職活動のための作文指導を行なってきた経験からいえば、講師の先生方を迎えて気づきの場を作ることが解決になると考えました。

さあ、次のステージの活動の場がやってきました!

そうは思ったのですが『黌辞苑』プロジェクトとしてこれを行う意義を、いちど立ち止まって考えることにしました。

『黌辞苑』プロジェクトは創立150周年へ向けて済々黌的なるものの価値を多くの人々に実感してもらうためスクールブランドコア(魂)である『三綱領』に基づいて言動します。

『三綱領』についてはこちらに詳しく説明を載せています。
説明はこちら

で、最初に謝っときます。「分かりやすい解説」は、長いです。
長いですが、大事なことを書いています。

なら『三綱領』を創った佐々友房さんの解説が短いし簡単か?というと、これがまた。
『三綱領の解説』だから三綱領の中身を詳しく説明してくれていると思うでしょ?
いやいや。
言葉を変えて、よりややこしく書いている。
三綱領の中身をベースとした生徒たちへの檄文でした。

ここで一般の方にもわかりやすいように簡単に説明しときます。
済々黌の大事な言葉に「徳・体・知」というものがありますが、
この三綱領はそのなかの「徳」にあたります。


教頭室で叱られ、あれを読んでみろと言われて左上から横へ読んだ同級生がいます

三綱領の上半分の3行は、個人が研ぎ澄ませていくべき能力や徳目です。
下半分の3行は、その個人が社会との関わりで行うべき行動指針です。
上の3文字と下の3文字は対(つい)となり1行を構成しています。

上記の「その個人が社会との関わりで行うべき行動」とは、済々黌の生徒時代だけではなく、その後の人生全てに関わってきます。
つまり『三綱領』は学校のもであり生徒のものなのですが、同時に卒業生みんなものものです。
卒業したあと、いつか人生を見直すときに指標となることばです。

この三綱領は「一瀬黌長の解説」にあるように、人それぞれにそれぞれの境遇で自分の羅針盤となる、いい意味の曖昧性というか受容力があるドクトリンとしてつくられました。
(佐々友房さんこういうとこがとても上手いし偉い。)

ひとつ困ったことに、それがゆえに、時代の変化とともに当初の意味とは違う意味で捉えられるようになったところもあります。
例えば三綱領の中にある「振元気」は「お前さんは体力をつけ健康を得てブンブン走り回れ」的なもので捉えている人がとても多い。

それがチカラによる横暴のような強制力を是としていると思い込む人が(特に学外に)また多いのです。

ですが。
元気ということばが今のように個々の健康である様子を指すようになったのは明治時代後期以降です。
佐々友房が三綱領を創った明治10年代、しかも漢詩の世界の「元気」はそのような意味ではありません。

元気とはこの世の中の森羅万象の現象の源となるエネルギーのことをいいます。

「元々」の「気」です。

朝が来て太陽が巡って草木が茂り人間や動物が活動し、雲が起こり雨が降り川をなし、夕方に太陽が落ちて地球上が眠りにつく、そのすべてのエネルギーの源ということです。

あなたがそんな「元気」をどうするかという動詞には「振」が充てられています。

これは地域振興などで使う「振」です。
英語で言えばenhance(エンハンス)。
「強化する」「高める」「向上させる」。

つまり、社会の勢いを高めるように自分が行動せよ、という規範を佐々友房は言っています。
「お前さんの元気を発揮せよ」ではなく「お前さんは周囲を元気にせよ」ということです。

そういえば「お前さんが体力をつけ健康を得てブンブン走り回れ」だったら「奮元気」と書くはずですねと、済々黌OB会が生徒たちのために建設した多士会館の事務のお姉さんが言ってました(マックの隣のテーブルの女子高生の話ではなくてホントの話)。


なお。
「振元気」の上にある「重廉恥」は廉恥を重んじるということで、意訳すれば「独善に陥らない」ということです。
上下を繋げると「独善に陥ることなく、社会を高めるものとなれ」という意味の行です。

これをもとに『黌辞苑』がリアル社会で何を為すべきかと考えてみました。

そして、私や先輩方が持っている知識やご縁を用いて、写真部の皆さんがもっと写真を楽しめるような、もっと表現力を高めることができるような機会を提供するという結論を導きました。

社会というのは概念的ですが、例えば目の前の誰かも、社会です。
彼、彼女、奥様、お子様、旦那様、お父様お母様、友人、だれでもいいのです。

ほかにもあるかもですが、とりあえず

この機会を得た写真部の皆さんには、自分が写真を撮ることで誰かを「うならせる・よろこばす・わらかす・泣かせる・うおーっと言わせる・しみじみさせる・なかよくさせる」、そんな写真を撮って欲しいのです。

そういう写真を撮る喜びを、写真を通した喜びを分つような経験を、高校生の時間を使ってぜひ手中にしていただきたいと思います。

そう考えると、三綱領の六つの要素のなかで「倫理」でも「大義」でもなく、この事業にはまさに「振元気」があてはまりそうです。

そこで第2回目からなのですが、このセミナーを『済々黌写真部元気セミナー』と名付けることにしました。


いいよね「元気」って

今回は写真部の事例ですが、必要に応じて『黌辞苑』は現役生徒や学校、同窓生あるいは一般の方のお手伝いを行なっていきます。

その行動指針は済々黌の創設者・佐々友房さんがつくった創設の理念『三綱領』です。
人として・組織として・社会としてそれぞれが研ぎ澄まし目指すべき6つの要素。その倫理・大義・廉恥・元気・知識・文明に関わることであれば、なんとかします。
6つの切り口を墨守しつつ活動することで、『黌辞苑』の済々黌BRAND+INGの活動はウェブから対話、そしてリアルへと、これから150周年へ向けて自由に広がっていきます。


※第2回済々黌写真部元気セミナーの冒頭で説明したことに、一般の方にもご理解いただきやすいように一部注釈的な内容を加えて文章化しました。

※偉そうに「提供したい」的なことを書いていますが、2回やってみて感じることは、三綱領にしても、写真の技術にしても、生徒の皆さんの屈託のない楽しみ方を見ることで僕が教えられている、ということでした。第3回目はまだ未定ですが、準備したシチュエーションで予想以上の反応をされる生徒の皆さんから何を教わることができるか、今から楽しみなのです。

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