明けない夜とか止まない雨とか書けない日記とか

2024.1.14~3.17まで
日記ワークショップで毎日書いた日記の抜粋をあげています。


価値のかみしめ

2月18日(日)

日記仲間Nさんが夫が企画しているトートバッグを買ってくれた!「近所の書店でフェアをやっていて、これもご縁と思いました」とのことで、うれしくて写真を撮り夫に送る。
Nさんの満面の笑みがよい。

うまく言えないけれど、を言葉にしてみる。

「(この行動は)自分もうれしいしあの人も喜ぶかも」を他人から感じた時のじんわりとしたあたたかみが、人とつながっていきたい、ほど積極的でないにしろ、つながることをいとわない気持の素になり、私の世界は広がる。
Nさんの「これもご縁」と写真におさまってくれた満面の笑みがまた次の糧になったと思う。

日記を書くワークショップだから日記を書くのだけれど、日記にもいろいろあっていいことが3回目の会合で腑に落ちた。頭の理解より奥のところ。日々記すものは日記だ。そうだそうだ。毎日書いたら「あいうえお」だって日記だ。
2019年から憧れの古賀スタイルにのっとり、朝起きてからその日が終わるまでを、家族と自分をできるだけユーモアにくるんで記してきたけれど、別にそうじゃなくてもよくて、それが試せて、人が読んでくれて、あまつさえフィードバックまで頂戴できる。
12,000の価値。大人になってよかったと思わせる出費。

「比喩表現をいれるいれないというような話を皆でしたよ」と夫にいうと『レトリック感覚』(佐藤信夫)という文庫を手渡された。ソクラテスやプラトンは「レトリック」に眉をひそめ、アリストテレスは肯定し、とそんな時代から表現(当時は口頭表現中心)に技術的なものを混ぜこむことに賛成反対あったようで「自然」とか「技巧」とか「作為不作為」みたいなはなしはもうこの先1000年たってもホットワードであり続けるんだろう。


日記への自分なりの答えがストンと見つかったWSでした。「思ったことを言葉(文字)にすること」を素直に受け止めらたような、トンネルを抜けたような気持ちになりました。3回目となると仲間たちの人となり解像度も上がり、まだ3回しか会っていないのによく知っている不思議な連帯感が生まれてきています。

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