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アスペルガー傾向のある子供の教育環境について①

なんでわざわざ縁もゆかりない長野県に移住してまで、子供の教育環境にこだわったのか? 

と面と向かって問われたことは、思えば殆ど無いのですが、会社に異動願いの嘆願書を出す際とかには、

「実は息子が発達障害なんです。なので息子に合いそうな学校探していたら、たまたま長野にいい学校みつけちゃったんですよね。」

みたいな説明してきたわけなのです。でも、実際うちの息子(今は海外留学中)が発達障害だったのかは正直分かりません。 

正式な診断を受けたわけではないのだが、いわゆるグレーゾーンの領域には該当していたはずで、

「とくかく目が合わない」
「同じくらいの子どもが近づいてくると奇声をあげる(しかも大声で)」
「ひとと同じことができない(幼稚園の運動会のかけっこでひとりだけのろのろ歩く ← 2年連続で)」

など、発達障害の自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴といわれる傾向がはっきりと出ており、実際カウンセラーや幼児教育の専門家方に相談した際にも「断定は出来ないですが、そういう傾向はありますね」と微妙なことを言われていたらしい。(妻からのまた聞き)

妻は共感力の塊のような人なので、毎日そんな息子と向き合いながら
「この子には気持ちが伝わらない」
「感情というものを持っているのかしら?」
と、どんどん悩み、落ち込んでいったのです。

一方、旦那(私)の方は、

「そんなの個性の範疇じゃん。僕も子供の時はそんな感じだったよ。」

とまったく真剣に向き合おうとしてませんでした。 

そんなわけなので、妻はその後「発達障害」に関するいろんな本を買い漁ったり(妻には本の収集癖がある)、夜な夜なネットで情報収集したり、同じ年代の子を育てているお母さん仲間に相談したり、育児カウンセラーに会いに行ったり、情操教育のためのわらべ歌の会に参加したりとか、とにかく、東奔西走しながら、

この子はちょっと他の子とは違うから、この子にとって最適な環境で育てる必要がある

という結論に至ったようです。 

そんな妻を横目に見ながら「発達障害って【障害】っていうほどではないでしょ。ちょっと感受性が強いっていうだけでまあ普通の範疇じゃない?」と思っていた私でしたが、妻から次々と渡される課題図書に目を通しているうちに...

ひょっとして、私自身もアスペルガーだってことでは?


と、思うに至りました。

思い起こせば、幼稚園から小学校2年生くらいまでは、学校が嫌いでしょっちゅう泣きわめいていた記憶しかないですし、「人と目を合わせるのは実は苦手」で、なんとか普通に目を合わせて(合わせるふりをして)振舞えるようになったのは結構大人になってからだったりします。 

「会社のイベントで一番嫌なのは飲み会」。「トラブルが発生してお客様に謝罪に行くのは全然大丈夫(逆にアドレナリンが出てるかも)だけど、金曜日に懇親会が予定されてたりなんかすると、その一週間はずっと憂鬱な気分になってしまう(でも参加したら参加したでそれなりに楽しんでいたりするので非社交的な人間だとはあまり思われていない)」という訳の分からない性格なのも、実は全て私の脳の構造というか認知のパターンが人と異なっていたからなのか…。

と、それまでの人生で感じていた「生きにくさ」の謎が解けたような気がしました。 

ちなみに、アスペルガー症候群の特徴をWebで検索すると…

アスペルガー症候群とは
アスペルガー症候群は、古い診断名(ICD-10。DSM-Ⅳではアスペルガー障害と表記)で、現在は自閉症スペクトラム障害(DSM-5)に含まれる障害です。
対人関係の障害やパターン化した興味や活動という自閉症の特徴はありつつ、言葉の発達や知的発達に遅れが見られないことが特徴です。類似のものに、高機能自閉症というものがありますが、こちらは診断名ではなく、主に教育の領域で使われる言葉で、知的発達の遅れのない自閉性障害を指します。
アスペルガー症候群の特徴としては、遠まわしな表現や比喩を使った表現、表情やしぐさから相手の感情を読み取ることに困難さがあるため、自分の話ばかりしてしまったり、相手が傷つく言葉を悪気なく伝えてしまったりするなどの困りごとがあると言われています。
その他にも、一度決まったルーティンが崩れたり、新しい環境へ適応が必要になったりするなど変化に対する抵抗が強くあるとも言われています。

とあるのです。 

私はよく妻から「私の話してんだから、勝手に自分の話にすりかえないでよ!」と怒られてましたし(今も変わらず怒られてますが💦) 昔、会社の同期の子から「小雪男くんって、笑顔で毒舌だよね」と指摘されたこともあったなあと。 

あと、朝いつもより10分~15分寝坊したとか、超些細な事でもルーティンが崩されるとすごく心がみだされるところとか、私の直したくても直せない性質にまんま当てはまる特徴が【アスペルガー症候群の特徴】として列挙されていたのです。

そうか自分は高機能自閉症なのか。高機能すぎたから、自閉症の性質を保ちつつも、なんとかこの社会に適応しちゃったんだな。 


と、自分の変な高機能っぷりを称えつつも、これまでの自分の生い立ちを振り返ってみると、学校生活で楽しかった記憶が殆どない(特に中高は私立の男子校なんていう見えない同調圧力マックスな世界だったので正直暗黒時代であった...)。

いつも周りから変な目で見られないように、周囲に合わせるために無駄なエネルギーを使って無駄に疲労困憊していたわけですが、その過程で、
「自分は一体何が好きなのか?」
「どういう時に幸せを感じるのか?」
といった本能みたいなものも同時に殺してきちゃったなーと残念に感じたわけです。

アスペルガーの人はコミュニケーションに難があるものの、独特の感性を発揮できれば特定の分野で大活躍する人も多いようで、トーマス・エジソン、レオナルド・ダヴィンチ、モーツァルトといった歴史上の天才と言われる偉人もアスペルガーだったそうです。

ひょっとしたら昔は自分の中にも何か「天才の種」のようなものがあったかもしれない…。

でも、その天才の種を発芽させることではなく、いわゆる「社会性」(空気を読んでその場を凌ぐ術)を身につけることの方に、私は膨大なエネルギーを費やしてきちゃいました。

その結果、なんとか、会社組織のような役割分担が明確な場であれば、先を読み、相手に期待されていることを察知して、時にはそのちょっと上のアウトプットを姑息に出していくという「あざとさ」だけは、歳を取るにつれ、まあそれなりに身につけることはできました。

でも「素をさらけだして、共感し合って、一緒に盛り上がる」ことが求められる「飲み会」みたい場は、私にとっては無理ゲーにちかい。

私はアスペルガーとはいえ高性能の部類に入るっぽいので、場の雰囲気を壊さないようとりあえず笑顔で相槌をうちつづけて座ってるくらいのことは、なんとか可能。でも飲み会の間中、たくみに話の中心にならないようひたすら逃げまくっている。 感覚的は無理矢理ドッチボールを長時間やらされてる感じ。好きな人は積極的にボール(会話)に絡もうとするんだけど、わしゃとにかく逃げるだけ…、マジ疲れるわ。みたいな。 

(飲食店関係の方には申し訳ないのですが、昨今の飲み会自粛の傾向は私にとっては本当に本当にありがたい)

という感じで、仕事にはそれなりのやりがいは感じつつも、会社勤め生活に今ひとつ充足感が得られないのは私がアスペルガーだからに違いない…。

と、長々と書き連ねてしまいましたが、このような内省を通して、どうやら妻ではなく私の性質を色濃く引き継いでしまったらしい息子に、私と同じような「生きにくさ」を感じるような人生をトレースさせるのは忍びなく。

妻が言う通り、息子がのびのびと成長できるような、息子にとって最適な学校選びが必要だと腹落ちしたのでした。

(書き始めたら当初書こうと思っていたこととは全然違うことを書き連ねてしまったので、一旦区切ります)

written by 小雪男 / koyuki_otoko 


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