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地元を舞台に小説書いてみた。

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高梁川志塾の成果物として書き始めた作品たちを公開します。 たくさんの人に読んでもらえるように、できれば愛してもらえるように、書き続けます。
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記事一覧

【Episode 4】憂鬱とレモンサワー

憂鬱とレモンサワー 不思議と、寂しさはなかった。  恋人に別れを告げるときって、寂しさを感じるものだと思っていた。名残惜しいね、と二人で泣いたりするものだと思っていた。もっと虚無感に襲われるものだと思っていた。  実際の別れはどうだっただろうか。二人とも泣いてなかった。私は寂しさを感じてもいない。充実感を覚えていると言えば嘘になるが、虚無感には襲われていない。  人生で何度目かの失恋は、思っていたよりも呆気なかった。 「もうだめだと思う。だから、今日でおしまい」  私のそんな

【Episode 3.5】日常に光を

日常に光を 日常が戻るって、どういうことなんだろう。  私の住むまちから遠くない場所が一夜にして変わり果てたあの日から、ずっと考えていた。  2018年7月。  今もそのときのことを無心には聞けないという人が多くいるだろう。私もその一人だ。あの日は確か、期末考査の最終日だったっけ。数学の問題を適当に解き、解答欄を埋め終わった解答用紙を枕に少し眠ろう。そう思って机に伏せ、窓の外に目をやった。朝から降り続く雨はまだ止まないのだろうか。そんなことを考えながら目を伏せた。  その日

【Episode 3】ひとりさみしいときは

ひとりさみしいときは 昨日、恋人に別れを告げられた。 「もうだめだと思う。だから、今日でおしまい」  そんなどこにでもある言葉だけで、わたしたちが一緒に過ごしていた2年半はあっけなく終わった。なぜか、涙は出なかった。現実感がないままに終わってしまったから、今はそんなものなんだろう。  わたしは、恋人に何を伝えていいかわからなくて、とりあえず「ありがとう」と言った。電話が切れてから、ひとり、こんなわたしが彼女でごめんね、と呟いた。  そんな日の朝はとても暗い。窓の外を見る

【Episode 2】神宿る場所

神宿る場所 栄駅の裏側にある石の置物が、今日も僕のことを見つめているような気がしていた。あれはどうやら彫刻作品で、なんでも「竜神」という名前らしい。たしかに竜に見えないこともないが、僕には神が宿っているようには見えなかった。  高校へ行くためには「竜神」の前を通らなければならない。茹だるように暑い8月の朝を自転車で駆け抜ける。朝といえども気温は高く、自転車を前へ進めるたびにじんわりと体に汗が滲んでくる。こんなに暑い夏は嫌いだ。 家の前に置いている植木鉢に水をあげている人が僕

【Episode 1】東雲を待つ

東雲を待つ「おはよう」の一言が連れてくる朝を 今日もひとりここで待っている 人と人とをつなぐことば 木と木がつくりだす黒いかげ 車がとなりを通るときの地面のゆれ 生活のすきま わたしたちの暮らしのそば すぐ近くに朝はある 今は見えていないだけ いつか東雲がこのセカイを包み 朝がやってきたそのとき だれかと「おはよう」と笑い合えるような そんな場所でありますように 写真について 写真は、水島臨海鉄道栄駅のすぐそばにある「朝」という彫刻作品の一部分です。制作年は1994

【Episode 0】4月のひとりごと

4月のひとりごと 窓から見える煙突に、目を瞠った。  吸い込むと苦しささえ感じる空気が、わたしは、あまり好きではなかった。  でも、わたしは、このまちのことを、何も知らなかった。  小学2年生の春、このまちに引っ越してきた。家の窓から見える景色に大きな煙突があることを、とても新鮮に思ったことを覚えている。引っ越してくる前に住んでいた場所とは正反対のようなまちだ、と幼いながらに思った。前のまちには、煙突なんてなかった。大きく息を吸い込むとすっきりとした空気の流れ込むまちだった