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お金の求心力

今日は雨模様なので、1歳半になる子どもと一緒に家で遊んでた。抱っこして棚の上にある財布を取れとの指示を受ける。旅行用に使っている財布が3つあり、どれも当地のお金が少し入っている。どこでの雑貨屋で買った、海外のグレープジュースの広告が表に貼られている派手な財布を子どもが気に入ったようだ。なかなかセンスある。韓国のウォンの硬貨が結構入っている財布だったので、これで遊ばれた散らかって大変だな、と思ってたら案の定そうなった。マジックテープの財布なので、簡単にあけて、硬貨を取り出しはじめた。妻からは「飲み込んだら大変なんだから」と怪訝な顔をされつつ、硬貨で何をするのかなと見守っていると、先ずは全部の硬貨を取り出して、ランダムに並びはじめた。全部取り出すと、キャッキャして、今度は並べた硬貨を、入っていた財布の硬貨入れに戻し始めた。指の練習になって素晴らしいじゃないか。しかも、自分で取り出して片付けるなんて、なんて有意義な遊びだと思って眺めていると、なんと、それを6往復、めっちゃテンション上げて楽しそうにやっている。さすがに見ている僕は飽きてきたので、違うおもちゃに誘導し財布を取り上げようとすると、ご立腹。結局財布を取り戻されて、硬貨の取り出し&戻しをさらに数往復。お金ってすげー。

子どもは貨幣が価値の交換・支払いの手段として、経済活動において、ある種の宗教性さえも内包するツールになっているなんて知るはずがない。しかし、なんか楽しいんだろうな。まんまるの形かな。それとも、銀色に絵や数字が書かれたビジュアルかな。それとも、少し冷たい触り心地かな。それとも、数本の指でもてる大きさかな。それとも、大人が大事そうに持っているからなのか。まだ喋れない子どもさえも夢中にさせてしまうお金。なにが理由でそんなに夢中になっているのかよく分からないけど、お金のビジュアルや形、雰囲気には、好奇心を掻き立てる、夢中にさせてしまうことさえも計算しつくされたデザインが施されているんじゃないか。幼子からのそういう経験があるからこそ我々はお金に執着してしまうのではないか。もっと可愛くない持っていることがダサいデザインならば、人はお金から開放されるのかもしれない、一人妄想する日曜の午後。

まぁ、子どもは単に財布の小さな硬貨入れから出し入れする行為が楽しかっただけなのかも知れないのだけれど。

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