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未来小説と体験設計

体験設計はこれから起きる事象を意図的に計画し設計するものです。つまり未来小説の一種と考えることもできるわけです。
体験設計は、旅行の計画から家族に喜んでもらうための料理など、メーカーが製品開発をする以外のことも対象になります。誰かが喜ぶことを考えて具体的な手段を設計すれば体験設計ですので、むしろ体験設計手法の一つが未来小説と言った方が良いかもしれません。

 

破壊的な未来を描く

現在の延長として未来を考える場合には、グラフを使って時間を延長するだけで説明できますのでわざわざ小説を書く意味はありません。むしろ小説を書く意味は非線形で破壊的な未来を描くところにあります。

現在の常識から考えればハチャメチャな物語です。そもそもの前提が現在とは大きく違っていたり、物語が進んでいく中でちょっとしたことが切っ掛けで大どんでん返しがあるようなものです。

意外な登場人物やアイテム(タイムマシンなんかが有名ですよね)だけでなく、その関係性・結び付きによって、大きく状況が変化していく様子を書いていきます。

リスクや破壊的という表現を聞くとネガティブなイマージを持つ人が多いと思いますが、ここで言うそれらの言葉は現状の問題や目の前にあるどうしょうもない課題を解決するために必要な変化です。地球環境を破壊するのではなく「状況を破壊して地球環境を守る」という風に考えてみてください。

 

小説はコスパが良い

小説を書いて作家になるというのは大変に難しいことですが、それは利益が出るほどたくさん売ることが難しいだけであり、体験設計を書くことはそれほど難しいことではありません。

夏休みの「前に」これからおきる未来の出来事を勝手に想像して日記を書いてしまうようなものです。あたかも体験したかのように書けば良いのです。

「今日は、家族で海にいきました。大きな波が来て怖かったけど、お母さんが作ってくれたおにぎりが美味しくて楽しかったです」みたいな感じです。

体験設計としては、それを実現したいと思わせ、なんかできそうだと感じさせることだけで十分です。

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体験設計は少なくとも製品とユーザー、実際はもっとたくさんの要素による協奏曲のようなものです。そのため文字意外で表現しようとすると時間や費用がかかってしまいます。

何よりも現在存在しないモノや違う状況を実際に作ることは難しいので小説の気軽さがより大きくなります。スターウォーズの撮影を想像すればその大変さが分かります。

 

小説は感情が書ける

体験設計では、行為と感情がセットになったエピソードを描くことが重要なポイントになります。体験は行為そのものだけでなくそれにまつわる意味や感情がなければ、そもそも行為が発生しなかったり次の展開に進んでいかないからです。

特に人間の感情は、過去の出来事からの感情だけでなく、未来を想像して嬉しくなったり不安になったりする大変複雑なものですので、要素を並列に扱え文脈を明確にできる小説は適した表現方法ということになります。

売れる小説では、文体やストーリーの組み立て方など演出技術的な要素が必要ですが、単に因果関係や時系列、説明補足を書き表すだけであれば、一般的な接続詞を使うだけでそれほど難しくはありません。(体験設計小説が相当しつこい文章になってしまうのはある程度仕方がないところです)

 

12万字の企業小説「レッド・ピークス」

今から5年ほど前に、企業の未来をテーマにした企業小説を書きました。企業活動を通して社会課題に取り組み結果的に全く違う企業形態へと変化をしていくというものです。2050年までを10年ごとに区切って描いたものです。

2015年夕陽に染まる富士山を研究所から眺め衰退する企業に絶望するシーンから始まり、いくつもの変革を達成しながらNASAの有人火星ミッションに宇宙手術システムが採用され、最後は2050年に赤く染まった火星のオリンポス山を見るところで終わる小説です。2つの赤い山頂を指して「レッド・ピークス」というタイトルにしました。(複数形なのがポイント!)

一般的な小説は10万文字前後ということでしたのでそれを目標に書き始め、最終的に12万字まで書いたところで一旦完成としました。

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この小説を書いたことで、自分の中で未来に向けた明確な軸ができ、過去の出来事の意味から、現在の製品デザインへの考え方までスッキリと感じたことを覚えています。

個人的な趣味として書いたものでしたが、一方で体験デザインの提案として会社に影響力のある人に見てもらうことができ、現実の世界でも大きな流れとして小説通りに進んでいるところです。ただ小説通りになっていない部分もあるので、そこは常に企業デザイナーとしての課題にもなっています。

 

デジカメUX小説「MODE」

上記の企業小説の初めの部分でまず変化を起こすのがデジタルカメラのビジネスでした。レンズやボディーといったハードウェア中心の意識から、ユーザーコンテンツである撮影レシピ「MODE」を中心にしたソーシャルウェアとしてのデジカメへと変革し、それが最終的に宇宙手術を成功させるロボットAIとドクターとのコミュニケーションシステムに発展していく物語になっています。

その最初の変化の部分を抜き出し、新装版として今年の9月にNoteへ発表させてもらいました。私のNoteを昔から見ていただいている方はこのデジカメUX小説の内容が最近書いたものというよりも、本当にデジカメが世間に登場していく過程で共有されていたビジョンの延長にあるものだと感じてもらえると思います。

 

未来小説は企業を動かせるか

これについての答えは「イエス」と言っておきます。もちろん明確な業務としてポジションがあった訳でも成果として扱われてきた訳ではありませんが、少なくとも何らかの影響を与え、現実にビジョンが実現していっているからです。(小説が無関係だったとしても「予測」は当たっていたということになります)

現在は明確なポジションや業務として未来小説を書くことができるほどUXや体験設計という考え方ができる状況になってきました。「20年先を想定した10年先を考える時代」にこそ未来小説が企業の中に必要なのだと思います。




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