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牛は大量にエサを食い、げっぷをする。そして地球は。

今回は【日経新聞未来面×COMEMO】の「#持続可能な社会に必要なサービスとは」というお題について考えてみたいと思います。

牛の「げっぷ」が地球を壊す?

2018年のことだったでしょうか。知り合いである、大手乳業メーカーの上層部の方がこんなことを言っていました。

乳製品と言うと、高原で牛がのんびり草をはんでいるようなシーンが浮かぶかもしれません。ヨーグルトやチーズなど乳製品が持つ健康に良いという面もあって、乳業メーカー自体が「地球に優しい」というようなイメージを持たれがちです。

言われてみると、確かにそうかもしれません。

しかし、牛が出す「げっぷ」や「おなら」が地球温暖化の要因の一つになっていると言われていて、「牛を肥育する」ということ自体が、世界的に批判の対象になってきました。もしもこの状況が続くと、私たちは「地球に対して悪いことをしている会社」と認識される可能性があるんです。ひょっとすると今から10年後には、うちの会社は本業が変わっている可能性すらあるかもしれません。

これを聞いて、私は納得すると同時に、大きな衝撃を受けました。確かに、テクノロジーの進化などにより、時代に合わなくなった本業を大胆に見直した大企業は過去にたくさんあります(例えば、祖業である写真関連事業への危機から、医薬や美容などヘルスケア領域を大きく拡大させた富士フィルムが良い例です)。

しかし、乳製品は決して世の中からニーズがなくなっているわけではありません。牛乳やヨーグルトを通じて「人々の健康」に貢献しているはずの乳業メーカーが、一方では「地球の健康」に害を与えているとして、ともすると事業ドメインを見直さざるを得ないところまで追い込まれているというのは、驚くに値することではないでしょうか。

牛などの家畜が出すげっぷは、確かに温暖化との関係が指摘されています。

こちらの記事では以下のように説明されています。

家畜が排出するメタンガスの温暖化への影響は大きく、国連食糧農業機関(FAO)によると、人為的に排出されている温暖化ガスの約15%が畜産業に由来しているという。
国連は50年までに二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロにするよう呼びかけているが、排出量は現在も増え続けており実現は危うい。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によるとメタンガスの温室効果は二酸化炭素と比べ25倍。メタンガスを削減する技術開発が進めば、CO2を削減するよりも効率的に温暖化抑制効果を得られる可能性がある。

補足すると、もちろん豚肉や鶏肉の生産においても温室効果ガスは排出されますが、畜産業由来のガスのうち65%は牛肉が占めているそうです。

コスパが極めて悪い牛肉生産

家畜としての牛を見ていくうえで、もう一つ知っておきたいことがあります。食肉生産の世界には「飼料要求率(Feed Conversion Ratio)」という概念があります。飼料要求率とは、「1キロの増体を得るために必要な飼料の量」を意味します。例えば、ある家畜の「飼料要求率が3」であれば、「その動物の体重を1キロ増やすためには、3キロのエサを与えなければならない」ということです。

食肉にされる代表的な家畜の飼料要求率を比較してみます。

鶏 : 2.2(1キロの増量には飼料が2.2キロ必要)
豚 : 3(1キロの増量には飼料が3キロ必要)
牛 : 10(1キロの増量には飼料が10キロ必要)

鶏と豚に比べて、牛の数値が異常に大きいことがわかります。同じ1キロの肉を増やすために、牛は豚の3倍、鶏の5倍のエサが必要なわけです。あえて「飼料のコストパフォーマンス」という数字だけで比較するならば、「牛肉は非常に生産効率の悪い家畜である」ということが言えます。

なお、やや話が逸れますが、牛肉を生産するうえでの課題は飼料だけに限りません。出荷時の月齢(要するに、生後何ヶ月で食肉にされるのか)を比較すると以下の通りです。

鶏 : 2ヶ月
豚 : 6ヶ月
牛 : 30ヶ月

この数字の違いを見ると、牛肉生産者の苦労が察せられます。30ヶ月、実に2年半もの期間を、病気などのリスクを避けながら育て上げ、無事に出荷までこぎつけなければならないのです。

大切なのは「知ること」と「減らすこと」

さて、牛肉の生産には、「地球温暖化への悪影響」「飼料の大量消費」(そして「出荷までの長さ」)といった課題があることは、おわかりいただけたかと思います。では私たちはこれからどうしていくべきなのでしょうか。色々な意見があるでしょうが、私は牛肉生産について「知ること」、そして牛肉の消費を少しでも「減らすこと」が大切ではないかと考えています。

まずは「知ること」。ここまで説明してきたことを知っている人は、決して多くないと思います。温暖化への影響もですが、まずは牛肉生産には大変なコスト(エサと手間)がかかっていることを、多くの人に改めて認識して欲しいです。コストがかかるということは、結果「高くなる」のは当然の理屈です。

決して豚肉や鶏肉よりも、牛肉が「上」というわけではありません。しかし、現実問題として生産における投下コストがまったく違います。ですから牛肉の価格が高くなるのは、ごく自然なことです。もちろん消費者としては、安いに越したことはありません。ただ、だからと言って、私たちが安い牛肉を求め続けると、どこかで歪みが生まれます。それは決してサステナブルとは言えないでしょう。

地球環境への影響を知るためのきっかけとしては、新たな認証制度もあるかもしれません。ヨーロッパを中心に、食品に対する認証制度はどんどん進化しています。EUが定めるオーガニック認証の「BIOマーク」、あるいは持続可能な方法で漁獲された水産物の認証である「MSC認証」などが代表です。ひょっとすると今後は、それぞれの食肉がそこに至るまでに、どの程度カロリーを消費していたり、温暖化ガスを排出したりしているかなどを基準にした認証制度も必要になるかもしれません。

牛肉に関して私が取り組みたいことのもうひとつは「消費を減らすこと」。私は牛肉消費をやめるべきだとは、決して思っていません。自分自身がハンバーグもステーキも焼肉も大好きです。ただし、頻度については今一度見つめ直す余地はあるのではないかと思っています。減らすといっても「牛肉は高い」という事実を受け止めてしまえば、実際問題としてそうそう食べられるものではありません。牛肉は日常食ではなく、ちょっと特別な食べ物と改めて位置づけることは自然なことではないでしょうか。

牛肉に限った話ではありませんが、ポール・マッカートニーが提唱する「ミート・フリー・マンデー」という活動があります。文字通り「月曜日は肉を抜こうよ」というシンプルなものですが、それによって、自身の健康にも、地球環境にもプラスになるよというメッセージです。完全に何かをやめるというのは、それ自体がサステナブルではないと思いますが、「ちょっと抜いてみる」というのは、これからの時代に必要な観点だと思います。

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今回は牛肉について触れましたが、牛肉をやり玉にあげる意図はまったくありません。豚肉にしろ、鶏肉にしろ、あるいは最近注目の代替肉や昆虫プロテインであっても、私たちが生きるために食べ物を食べる以上、何らのダメージを地球に与えているわけです。そこにあるのは程度差でしょう。けれども、それについて少しでも自覚的になり、一人ひとりが行動をいくらかでも変えていくことが大切だと改めて思うのです。

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