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ビュッフェの「好きなものを好きなだけ」という価値観の先にあるもの

飲食店経営視点でのビュッフェ

先日、夏休みを取って、あるホテルに泊まってきました。ホテルではビュッフェスタイルで朝食を提供するところが多いですが、対コロナという観点で飲食業界の中でもっとも苦労しているのが、このビュッフェです。私が宿泊したホテルでも工夫を凝らしていて、お客に直接トングなどには触らせず、すべてホテルのスタッフが取り分けてくれました。

好きなものを好きな量だけ取るという自由度は損なわれるものの、すべてをやってくれるので、それはそれで気軽に楽しむことができました。ちなみに、いくら非常時の暫定的な措置とは言え、経営サイドのことを想像すると、この運営方法には厳しさを感じずにはいられません。

飲食店経営における重要な指標として、「原価率」と「人件費率」があります。原価は「Food Cost」、人件費は「Labor Cost」ですが、その2つの合算値を、頭文字をとって「FLコスト」と呼ぶことが業界では一般的です。教科書的には、売上に対してそれぞれ30%が目安とされますので、FLコストの基準は60%ということです。

ビュッフェの場合は、通常の飲食店よりも材料費がかかるので原価率は高くなりますが、その代わりに注文や配膳のためのスタッフが少なくて済むので人件費は低く収まります。結果的に、FLコストの数字の帳尻が合ってくるというわけです(話をシンプルにするために、ざっくりと説明しています)。

しかし、先ほどの「取り分けスタイル」の場合、たくさんのスタッフを必要とするので、多くの人件費がかかります。すると「原価も高ければ人件費も高い」ということになってしまい、まったくサステナブルではないというわけです。今はホテルの客室稼働率が低くて、スタッフが余っている状況なので、こうしたその場しのぎのやり方もできるのでしょうが、このままではいくらビュッフェを続けても、まったく収益は上げられないのです。

ビュッフェについては、コロナ対策として各社がその運営方法を模索しています。

記事によれば、プリンスホテルの一部では、客が取りに行くのではなく、スタッフがワゴンで客席をまわるスタイルを開始するとのこと。中国料理の「飲茶」ではよく見られる方式ですが、果たしてこれが新しいビュッフェの形として根付くのかは、注目してみたいと思います。

ビュッフェと食品ロスの微妙な関係

さて、ビュッフェに関しては以前から気になっていることがあります。それは「廃棄率の高さ」です。お客が皿に盛りすぎて、最後は残してしまうという問題もありますが、それに加えて私が気がかりなのはビュッフェ台に残された料理です。ビュッフェは皿に盛られた料理が数多く陳列してこそ、その魅力が伝わりますから、閉店間際でもある程度は料理を盛り付けておく必要があります。

一方で、多くのホテルでは衛生基準が極めて厳しいので、一度ビュッフェ台に並べた料理を何らかの形で再利用して提供することはまずありません。すると、その食べ残しは家畜の飼料や肥料になるのが関の山で、廃棄されることも多いのです。

消費者庁の資料によれば、日本における「食品ロス」は年間で646万トン発生しています。これは国民一人あたり51キログラムにも達します。ちなみに、飲食店などに由来する「事業系廃棄物」が全体の半分強の357万トンを占めています。

もちろんビュッフェレストランは日本全国にそんなにたくさんあるわけではありませんから、ビュッフェが実際に生み出す食品ロスの量をどうこういう話ではありません。けれども、ビュッフェの「好きなものを好きなだけ楽しむ」スタイルは、実はその後に「やむなく残ったものは捨ててしまう」という行為に直結しているのです。

ソフトウェアのサブスクリプションで「好きなものを好きなだけ楽しむこと」は時代にぴったりマッチしているでしょう。しかし実際のモノの世界において、同じ価値観を適用してよいのかは疑問が残ります。廃棄という負の側面まで見据えたときに、果たして旧来型のビュッフェが立脚する価値観が、これからの時代にふさわしいのかは慎重に考えるべきではないかと思ってしまうのです。

この数年、少しずつではありますが、SDGsに対する社会的な意識も高まってきたと感じています。しかし、それぞれの事業者は今は生き残ることで精一杯ですから、SDGsがどうのこうのと言っている余裕はまったくありません。それは当然です。しかし、コロナの影響が落ち着いたときに、SDGsへの意識までがリセットされてしまうならば、それはあまりに残念なことではないでしょうか。

ビュッフェに関する雑学

最後にまったく余談ですが、「ビュッフェ」という言葉に関するウンチクを少々。

まず、「ビュッフェ」(buffet)とはフランス語です。発音によっては「ブッフェ」と表記されることもあります。ちなみに英語圏では、英語的な読み方をして「バフェ」と呼ばれることが一般的です。

そして、「ビュッフェ」とは「立食形式」や「セルフサービス形式」を意味しているので、必ずしも「食べ放題」という意味ではありません。

日本では、最近でこそ耳にする機会が減ったものの、なぜか食べ放題スタイルを「バイキング」と呼ぶことがあります。こちらのサイトによれば、その由来は以下の通りです。

1957年、スウェーデンのスカンジナビア航空が、東京ーデンマーク・コペンハーゲン間に航路を開設しました。その招待旅行に参加した帝国ホテルの犬丸徹三支配人(当時)は、宿泊地のコペンハーゲンのホテルで出された「スモーガスボード」という、スカンジナビア地方の伝統料理に惹きつけられました。
魚料理をはじめ日本人にも合った味覚、豊富なボリューム、好みのものを自由に食べる方式です。これは日本でも必ず受けると思い、帰国して翌年の7月、帝国ホテルにスモーガスボード専門のレストランを開きました。
社内公募の結果、店名はかつてヨーロッパ中に勇名をはせた海賊の名に、スカンジナビアの伝統と食べ放題の豪快なスタイルからくるイメージを合わせた「インペリアルバイキング」に決められました。犬丸氏が初めてスモーガスボードを食べた時に、決まったホテルの窓から近くの「バイキング」というホテルが大きく見えたのも、この名前にした理由のひとつという逸話も残っています。

「食べ放題=バイキング」は完全に日本独自の概念ですから、海外での呼び方には注意しましょう。

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