見出し画像

最近やたらと「クラフト●●●●」なるものを見かけると思いませんか?

「地ビール」から「クラフトビール」へ

いつの頃からか、やたらと目や耳にする機会が増えた「クラフトビール」。その代表的なブランドである「よなよなエール」は、着々と販路を拡大しているようです。

ところで、この「クラフトビール」、随分前には「地ビール」と呼ばれていたことを覚えている人も多いのではないでしょうか。「地ビール」と「クラフトビール」とでは、一体何が違うのでしょう?その変化の裏には「地ビール」の苦い反省の歴史があるのです。

日本で「地ビール」が注目されるようになったのは、1990年代半ばのことです。当時の細川護熙政権が主導した規制緩和策の一環で、1994年にビール製造免許の取得ハードルが大幅に下がったのです。これにより、それまでは大手飲料企業にしか難しかったビール製造の裾野が一気に広がりました。

このときに新規のビール事業に飛びついたのは、地方の企業や自治体でした。各地の農産物や名産品を副原料に使ったビールや、観光名所の名前を冠した商品を、こぞって作ったのです。要するに、ビールはあくまでツールであって、本来の目的は地域おこしや観光振興にあったのです。

それらの多くは話題を集め、一躍、日本中に地ビールブームが巻き起こります。ビール業界に詳しい「きた産業株式会社」の資料によれば、1995年には大手企業以外のビ―ル醸造所は全国でわずか17しかなかったのが、ピークである1999年には303箇所にまで急増したのです。

この急拡大はその分、反動も大きいものでした。「本当においしいビール」をつくろうとしていた醸造所もそれなりにあったはずですが、多くは地域活性化を目的としていて、肝心のビールの品質はいまひとつというものばかりだったのです。すると、それらを飲んだ人たちからは「地ビールって、おいしいものじゃないな」という評価をされるようになってしまいました。

それに加えて当時は価格の安い発泡酒が人気を集めるようになっていたこともあり、地ビールは味も価格も支持されず、2000年あたりから急速に下降線をたどるようになっていきました。今は好調のよなよなエールも、この頃は経営的にかなり厳しい時期を過ごしていたと聞きます。

しかし、それから10年ほど経つと、また時代に転機が訪れます。大手メーカーが発売するプレミアムビールがヒットするなどして、ビールを取り巻く環境が変わっていったのです。本当においしいものならば、多少高くても飲む人が少しずつ増えていきました。国内ではベルギービールが注目を集めたことや、アメリカを訪れてバドワイザーやミラーではない新興の小規模醸造所がつくるビールを実際に体験した人が増えたことなどが、それを後押ししました。

そしてついに、「地ビール」が復活します。ただし、次の世代は決して「地域おこし」を入り口にしませんでした。あくまでも目的は「おいしいビールをつくること」。大手メーカーとは違うスタイルの、自分たちが本当に飲みたいビールをつくることに注力したのです。作り手のものづくりへの思いを、「工芸品」を意味する「クラフト」という言葉に込めて、「クラフトビール」という呼称が日本でも定着していきました。

「クラフト」という言葉が意味するもの

ビールに限らず、2010年代は食の領域において、「クラフト」が大きなキーワードとなりました。例えばコーヒー。直接的にクラフトとは言わないものの、「サードウェーブ・コーヒー」という表現が使われるようになりました。第1世代はインスタントコーヒーに象徴される大量生産・大量消費の世界。続いてシアトル系と呼ばれるスターバックスがリードした第2世代。その後に来る価値観を体現するものとして、「サード」すなわち「第3の」という表現が登場したのです。

そうした「サードウェーブ」のコーヒー事業者は、豆の産地や生産者を厳しく選別し、有機栽培やフェアトレードといった要素を大切にする傾向が強くあります。焙煎の方法もゼロベースで見直し、浅めに焙煎して、豆の甘みや酸味を引き出すようなアプローチが好まれるようになりました。サードウェーブタイプのコーヒーを飲むと、これまでのコーヒーに慣れている人ほど「???」という反応をするケースが多いようです。

同じく、チョコレートの世界では「Bean to Bar(豆から最終製品まで)」という言葉が新たに使われるようになりました。これまでチョコレートと言えば、商社などから半加工品を仕入れてつくるのが主流で、最終的な評価はチョコ職人(ショコラティエ)による技術やアート性などに主眼が置かれていました。しかし「Bean to Bar」という概念によって、コーヒー同様に産地や生産者にきちんとフォーカスし、その品質やテイストの違いを最大限に引き出すような動きが起こっていきました。

こうして2010年代は様々な食品領域において、「クラフト」がキーワードになっていったのです。前述の通り、「クラフト」とは本来的には「手芸品」や「工芸品」のこと。食品で使われる場合には、「大手企業がつくる製品」に対する、ある種のアンチテーゼやカウンターカルチャーとして語られます。

「クラフト」という言葉に込められた価値観をもう少し分解すると、以下のように説明できると思います。

・原材料の産地や生産者の顔が見えること
・大手がつくる画一的で平均的な味わいではなく、より個性的な嗜好を追求していること
・素材をいじりまわすのではなく、むしろ素材を活かすようにシンプルに加工すること
・製造過程において機械だけではなく、人の手の介在を重視していること
・環境を含めてサステイナビリティを意識していること
・地域性やコミュニティなどを大切にしていること

ますます広がる「クラフト」というワード

ちなみに、このクラフトを志向する流れはアルコール業界でも急速に注目を集めるようになりました。ビールに次いで活気づいたのは「ジン」です。「ジン」というと、「ジントニック」しか思い浮かばず、「ちょっと香りがきつくて、アルコール度数の強い、悪酔いしそうなお酒」というように、若干ネガティブに捉えている人も多いのではないでしょうか。

ジンとは「穀類をベースにしたお酒に、ジュニパーベリーと呼ばれる植物の実をはじめとするハーブ類で香り付けしたもの」です。このように意外と定義は曖昧で、「ハーブ類で香り付けした」というところに、「クラフト」の入り込む余地があったのです。

2015年に創業した「京都蒸溜所」では、柚子、山椒、ヒノキ、玉露など日本らしい食材をジンの香り付けに使用することで、自らの製品を「ジャパニーズクラフトジン」と表現しています。2017年にはサントリーが同じく「ジャパニーズクラフトジン」として、「ROKU(六)」を発売しています。ちなみにROKUはボトル1本が4000円程度する、やや高価格帯の商品ですが、2020年には「ジャパニーズジン」として(※筆者注:「クラフト」という言葉はこの商品には付いていない)、1000円台前半の「SUI(翠)」を投入して、より広い市場を獲得しようとしています。

(余談ですが、ジンが作り手に注目されるのは、製造後すぐに出荷できるからというのも大きな理由です。これがウイスキーだと何年も熟成させる必要があり、その間、売上を立てることができません。そこで、独立系のウイスキー蒸溜所や、あるいは日本酒の酒蔵などもクラフトジンの市場にどんどん参入しているのです。)

「クラフト化」の流れは留まることを知らず、居酒屋などでは「クラフトサワー」や「クラフトチューハイ」なる打ち出し方をする店も増えました。例えば、市販のペットボトルのお茶を使ったこれまでの「ウーロンハイ」や「緑茶ハイ」ではなく、お店で茶葉から抽出したお茶を使うことで「クラフトお茶ハイ」と名乗ったりしています。“お湯や水にティーパックをぶち込んだだけのお茶”を使っている場合もあり、それを果たして「クラフト」と呼んでいいのかという疑問はありますが、それだけクラフトの裾野が広がっているということに他なりません。

また、気づけば大手飲料メーカーは、「クラフト風ビール」をどこも販売していますし、「クラフトチューハイ」「クラフトサワー」もすでに缶飲料として各社から投入されています。ここまで来ると、もはや「クラフト」とは、商品のありきたりな修飾語である「こだわりの」とほぼ同義と言っても構わないでしょう。

さて、ここまで市民権を獲得した「クラフト」ですが、これ自体は決してブームではありません。大手企業が販売する食品は、グロバールサプライチェーンをベースにして、大規模工場でつくられています。食べ物が工業製品化することは決して悪いことではありません。安定した品質や価格、流通によって、私達の食生活は支えられています。

とはいえ、行き過ぎた画一化に違和感を抱くのもまた自然なことでしょう。「手触り感」「作り手の顔」「ぬくもり」「ここにしかない味」「手間ひま」。こうした価値は食品、中でも嗜好性の高い食品領域であれば、これからも間違いなく求められていくはずです。「クラフト」という言葉が、これからさらにどのように広がって定着していくか。ぜひ注目をしてみてください。

個人的には、クラフトという言葉自体はすっかりインフレを起こしているように感じるので、同じような価値観を表現する、クラフトではない別のワードがそろそろ出てくるのではないかと予想しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?