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「書籍化」が祝福される理由について

 事情があって、しばらくツイッターの「小説垢」と呼ばれるアカウントをつぶさに観察していた。「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」といったウェブサイトに、自作小説を投稿している人たちのアカウントだ。ツイートは自作の宣伝が中心になる。「○○の第○話を更新しました。ぜひお読み下さい」といった内容だ。サイト上の小説は無料で読める。

 2004年に開設された「小説家になろう」には現在、77万以上の作品が掲載されており、「作品登録ユーザー数」は200万人に迫る(この数字は、登録したが作品を掲載していないユーザーが多いことを意味するのだろうか?)。ウィキペディアによると「2019年4月時点では月間約20億PV、ユニークユーザーが約1400万人」なのだそうだ。ほとんど意味のない単純計算だが、毎月、日本人の9人に1人が「小説家になろう」のサイトをのぞき、平均140ページ以上閲覧したことになる。

 検索した範囲では、同じようなサイトが少なくとも10個ほど見つかった。noteのように小説に特化してはいないけど、投稿可能なサイトも含めると、数はさらに増えるに違いない。サイトごとにPVやユニークユーザーの数は異なるが、すべてあわせれば、恐らく、月間で数百億のPV、数億人のユニークユーザーになるだろう。

 だから、掲載した作者は少しでも自作に注目してもらいたいと、ツイッターで一生懸命PRする。この過程で、フォロワーから感想が寄せられたり、作品の方向性を作者がフォロワーに相談したりすることもある。リアルタイムで作者と読者が交流し、作品が肉付けされていくのは、今どきだなあとしみじみ感じる。私も1作だけ、noteに小説を投稿してみた。どれぐらい読んでいただけたかが毎日分かるのは励みになるし、ポジティブな感想をもらえれば、とてもうれしい。

 ツイッターの「小説垢」周辺では、ときどき、「書籍化が決まりました!」という投稿がある。出版業界では近年、編集者が小説投稿サイトから「これだ」と思う作品を見つけ出し、リアルな書籍として売り出すといった流れが一つのルートとして確立している。出版社自体が運営しているサイトもある。

 実際、大ベストセラーになり、アニメ化や映画化もされた小説「君の膵臓をたべたい」は、作者の住野よるさんがもともと「小説家になろう」に掲載していたものだ。別の作家の目にとまり、双葉社から書籍が出た。

 「書籍化が決まった」というツイートは、「小説垢」の仲間からたいてい歓迎される。「おめでとう!」「すごい!」「やりましたね!」といったコメントがたくさんつき、引用リツイートで祝われる。もちろん、「先を越された」といった焦燥感や悔しさを覚える人たちもいるだろうけど、そこはみんな「物書き」なので、きちんと節度が保たれる。あからさまにネガティブな言葉が投げかけられることは(ほとんど)ない。少なくとも表面上は、「ともに作家を目指してきたライバルが、頑張って一つのゴールにたどり着いた」ことが祝福されるのだ。まるでスポーツマンシップにも似たその様子は、見ていて気持ちがいい。

 サイトに小説を投稿している人たちは、ほとんどが別に生業を持ち、あるいは家事・育児や学業に追われ、土日や夜の時間を割いて、物語を紡いでいる。「どうしてもプロの作家になりたい」という人から、「あくまで趣味の一環として書いている」という人まで、気持ちはさまざまだ。ただ、どういう温度の「作者」にとっても、リアルな書籍化ははおおむね「喜ばしいこと」とされているように感じられる。

 ある調査によると、1999年に2万2千店を超えた書店は2019年、1万1千店に減り、文字どおり半減した。また、全国出版協会のまとめでは、2019年の出版市場は1兆5432億円で、うち、1兆2360億円を占める紙の市場は15年連続でマイナスだそうだ。一方で、電子市場は前年から2割以上増えて3072億円と初めて3000億円の大台を超えたという。電子の成長により、2019年の出版市場は、わずかだが前年よりも大きくなっている。

 もちろん、全体から見れば、まだ電子出版の規模は紙の4分の1だ。将来にわたって紙の書籍や雑誌が完全になくなることはないと思うが、とはいえ、いまの存在感を維持していくのは困難だろう。「読書に関する調査(2019年版)」によると、15~69歳の男女に「読書の手段」を尋ねたところ、「主に紙」と答えた人の割合が、初めて9割を切ったという。多くの人たちは依然として紙で読書をしているが、その割合はじりじりと下がっている。媒体別のネット利用に関するほかの調査結果なども踏まえると、若年層に限って言えば、「主に電子」がずっと増えるに違いない。そして、「小説家になろう」に代表されるサイトに掲載されているのは、そうした若い世代に向けて書かれたラブコメやファンタジー、「異世界転生モノ」が中心なのだ。

 若い読者は紙ばかりでなく、相当程度、電子でも読書しており、掲載作品も若者向けがほとんどだ。なのになぜ、ツイッターの「小説垢」周辺では、「書籍化=紙の本になる」ことがこんなに喜ばれるのだろう?

 私は古い人間なので、紙にとても愛着がある。これまでの自分の仕事もほとんどが紙に関係するものだった。書店や図書館で自分が関わった紙媒体を見るのはうれしいし、いまだにほとんど電子書籍・雑誌は買わない(そっちのほうが安いのだけれども)。だから、「書籍化を喜ぶ」というのは感覚的には非常によくわかる。一方で、「自分が書いたものが不特定多数の誰かの目にとまる」という視点で見れば、電子媒体はまったく悪くない。いまではKindle ダイレクト・パブリッシングを使い、Amazonの巨大なプラットフォームで「販売」するようなことも可能だ(noteでも有料設定できますね)。

 それでもやっぱり「小説垢」の人たちは、「書籍化」を目指す。

 日々、膨大なツイートを読むうちに、「小説垢」の人たちの年代は、意外と高いのかもしれない、と感じられてきた。実際、スマホ情報サイト「Appliv」が2019年に実施した調査では、15~19歳の85%、20代の79%がツイッターのアカウントを持っており、さらに30~50代の約半数、60代でも約4割が利用しているのだという。想定読者の年代=書き手の年代にならないのは紙でも同じだ。なるほど、もしかしたらここらへんに、「小説垢」の周辺で「書籍化」がこんなに渇望される一因があるのかもしれない。

 繰り返すけれども、私は紙媒体が大好きだ(noteにこんな雑文を書いていますが……)。だから、「書籍化」が尊ばれることは、シンプルにうれしい。

 街から書店が消え、誰もがスマホやタブレットで活字を読む世界に、たぶん、私はなじめない。とはいえ、少なくともデータを見る限り、出版業界が向かいつつあるのはその方向だ。ツイッターの「小説垢」周辺でも、いつの日か、「書籍化? それがいったい何だというの?」という反応が主流を占める日が来るのだろうか……。

 うーんと腕組みし、読書の秋に、やっぱり私の足は、書店に向かう。

#TenYearsAgo #小説 #投稿サイト #電子書籍 #Twitter #書籍化

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