アルゼンチンの研究者がクローン馬の性別転換に偶然成功

アルゼンチンで興味深い記事を発見したので紹介します。「アルゼンチンの研究者たちがクローン馬の性別転換に初めて成功した」という内容です。

記事には次のように書かれています。

「アルゼンチンの研究者たちは、クローンの品質を損なうことなく、オリジナルの馬とは異なる性別のクローン馬を作成したことを報告しました。これにより性別選択という扉が開かれ、絶滅の危機に瀕している種の保存や、新たな生産技術の向上などに活用されることが期待されます」

僕はゴリゴリの文系人間で、遺伝やクローンに関する知識は1ミリも持っておらず、専門的なことは分かりません。用語や理解がおかしいところがあるかと思いますが、その辺はスルーして読んでもらえると助かります。

舞台は『ケイロン・バイオテック(Kheiron Biotech)』という、アルゼンチンのブエノスアイレスにある馬クローンに特化した企業です。研究者たちは牡馬の細胞を培養してクローンを作成し、無事に双子が産まれました。

牡馬のクローンを作ったのですから、産まれた双子も牡馬になるはずです。ところが、誕生したクローン双子の片方が子宮と卵巣を持っていることが判明しました。つまり、牝馬が産まれたということです。このクローン馬はまだ2歳なので、今後の成長を観察する必要があり、もしかしたら将来的に不妊の問題などが出てくるかもしれないとのことです。

ケイロン・バイオテックの創業者であるガブリエル・ビチェーラ氏は「20年この分野に携わっているが、似たような事例は見たことも聞いたこともありません。本当に珍しい現象です。このテーマに関する文献を調べたところ、マウス、オオカミ、イヌで前例があったことを見つけました。ですが、馬に関しては前代未聞です」と述べました。

どうして性別転換が起こったのでしょう?

ビチェーラ氏によると、クローン馬作成の段階で Y 染色体の自然消滅が起こったのではないかとのことです。記事の中には「性別転換の理由は Y 染色体の自然な消失にある」と書かれています。

苦手だった生物の授業を思い出してなんだかトラウマ気分なのですが、性別は X 染色体と Y 染色体の組み合わせで決まります。XX なら牝馬、XY なら牡馬です。しかし、今回の場合は Y 染色体が消失し、X0 という個体、つまり牝馬が誕生したというのです。

では、なぜ Y 染色体の自然消滅が起こったのかということですが、詳しい原因は明らかになっていないそうです。ビチェーラ氏は、おそらく組織培養の際に不測のストレスが生じたからではないかという見解を示しています。調査の結果、細胞を管理していたときの温度や環境が適切ではなかったことが分かりました。これが細胞にストレスを与え、Y 染色体が消失したのではなかということです。

不測の事態は起こりましたが、このクローン馬はオリジナル馬と比較して遺伝情報が違っているのではなく、遺伝情報が欠落しているにすぎないため、品質自体にはまったく影響ないそうです。遺伝子研究からも、オリジナル馬と同個体という結果が出ました。そして、今のところ元気に成長しているとのことです。

牡馬のクローンを作ろうとしたら、なんか偶然に牝馬のクローンができてしまった。原因は分からないけれど、もしこの性別転換が技術化されれば、将来的には牡馬のゴールドシップから牝馬のゴールドシップ・クローンを作れるようになる。まとめるとこんな感じです

ただ、現時点では原因の解明にも性別転換技術にも取り組むつもりはないそうです。通常のクローン馬を作るよりも余計な手間とコストがかかるし、ケイロン・バイオテックは研究よりも生産と販売に重きを置いているため、ビチェーラ氏は「まぁ、資金提供をしてくれるパトロンが現れればやってあげるよ」くらいのスタンスでいます。

このことについて詳しく知りたい方は、『プロス・ワン(Plos One)』という科学雑誌に掲載された英語の論文をご覧ください。下にリンクを載せました。

牡馬から牝馬を作る。たしかに、絶滅の危機にある動物を守るためには非常に重要な技術になるかもしれません。ですが、アルゼンチンにとっては種の保存に加えてもう1つ大きな意味を持ちます。

アルゼンチンはポロ競技が盛んです。ポロ競技では牡馬よりも牝馬のほうが好まれます。牡馬より大人しくて御しやすいからです。

また、ポロではクローン馬の使用が一般的です。そのため、過去に存在した優秀な牝馬からクローン馬を作り、チーム全員がそのクローン馬に騎乗するということも珍しくありません。

クローン時の性別転換が可能になれば、牡馬の優秀な馬から、その牡馬とまったく同じ品質の牝馬を作り出せます。牝馬が好まれるポロ競技において、これほど嬉しい技術はありません。


ところで、アルゼンチンはクローン馬大国ですが、どうしてクローン馬大国になったのか、そのきっかけをご存じですか? すべては1人のポロ選手が味わった悲しい事件から始まりました。

ポロの名選手にアドルフォ・カンビアーソというアルゼンチン人がいます。アルゼンチンの国民的英雄、史上最高のポロ・プレーヤー、ポロ界のリオネル・メッシ、そんな圧倒的な存在です。詳しくは☟を読んでください。この人の息子もヤバいです。

まだ馬のクローン技術が根づいていない時代、アドルフォ・カンビアーソにはアイケンクーラ(Aiken Cura)というお気に入りの牡馬がいました。アイケンクーラに乗って試合に挑み、数々の大会を制しました。

2006年12月、カンビアーソはアイケンクーラと共にパレルモ・オープンというアルゼンチン最大のポロ選手権の決勝に臨みます。しかし、アイケンクーラは試合中に左前脚を骨折してしまいました。カンビアーソは下馬し、ヘルメットを地面に叩きつけて叫びました。

「頼む、何としてでもクーラを救ってくれ!」

アイケンクーラはすぐさまサン・イシドロ競馬場の病院に運ばれました。懸命な治療が施されましたが、事故から2ヶ月後、予後不良の診断で安楽死が決まりました。

安楽死の直前、カンビアーソは獣医師にアイケンクーラの遺伝子を冷凍保存するようにお願いしました。いつかその遺伝子を使って何かできないかと考えたためです。彼はクローン技術に興味を持っていました。

3年後、アドルフォ・カンビアーソはアラン・ミーカーという人物と知り合います。この人はクローン技術の最先端をいっていた『クレストヴュー・ジェネティクス社(Crestview Genetics)』という会社の創設者です。

カンビアーソとミーカーはクローン馬作成の契約を結びます。これがアルゼンチンがクローン馬大国となる第一歩です。カンビアーソ主導の下、アルゼンチンに馬のクローン技術が根づき、今ではポロ用のクローン馬がセリに上場されて高値で取引されるまでになりました。また、ミーカーの協力により、カンビアーソはアイケンクーラのクローン化も実現しました。

現在、カンビアーソが所属している『ラ・ドルフィーナ(La Dolfina)』というチームの馬は、ほとんどクローン馬で構成されています。彼が「10億頭に1頭の存在」と絶賛したポロ史上最高の馬クアルテテーラ(Cuartetera)のクローン馬です。この馬は牝馬です。やはりポロでは牝馬が重宝されます。


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木下 昂也(Koya Kinoshita)
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