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1人目の客になれなかった話

 趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。今日は以前からチェックしていたお店が二軒、オープンする。うまくいけば久々に「1人目はしご」できる。一軒は17時オープンの居酒屋で、もう一軒は19時オープンのラーメン屋である。小一時間呑んで気持ちよくなってからシメのラーメンを食べたうえ、どちらともの1人目の客になる、という最高の計画を数日前から立てていた。

 40分前に到着すれば十中八九1人目になれるということを私はこれまでの経験で知っている。17時にオープンする居酒屋は家から徒歩10分ほどのところにある。四条大宮から千本三条にかけて続く斜めの通り沿い、北側である。何ヶ月か前にオープンした唐揚げの店の1人目の客になるべく昼の11時頃到着したところ、「今日は夜の部から営業なんです」といわれ、夜は予定が入っていたため断念した、その唐揚げの店の隣の隣くらいにオープンする。
 この斜めの通りは後院通りといい、後院はアルファベットでは「Koin」と表記されるのだが、「K」を「C」にしたほうが金運が上がりそうな気がしている。
 自宅を16時10分頃に出発し、予定通り、16時20分、すなわちオープンの40分前にお店の前に到着する。白い胡蝶蘭はじめ、開店を祝う花輪が並んでいる。誰も並んではいない。順調に1人目の客になれそうであることを確認し、スマートフォンを開き、いつものように文章を打ち込もうとしているとガラガラと入口の扉が開く。
 中から店員の女性が出てきたので、「17時ですよね、待たせてもらってもよいですか」と尋ねてみたところ、「予約でいっぱいなんです」といってお店のカードをくださった。17時オープンの新店が開店早々予約で満席、私一人が入店する余地もないとは、想定しておらず、しかし、これまでにも同じ理由で入店できなかったお店があったことを思い出す。予約で満席といわれたらもうこちらとしてはどうしようもない。一人やで。一杯呑んで帰ることもできるんやで。それでも無理なん?などと食いつくのはあまり上品ではない。残念だが縁がなかったということだ。

 気分としては納得するも、納得いかないのが腹の虫。この場合、立腹の虫ではなく空腹の虫である。17時には軽く「あて」をつまみながら呑むつもりをしていたのだが、「あて」が外れてしまった。ラーメン屋のオープンまではまだ2時間以上ある。ラーメン屋は西院にある。職場は四条烏丸である。いったん帰るには職場は遠い。自宅には今日は帰りが遅くなると言ってあるから帰りにくい。悩んだ結果、いま1人目の客として使うはずだった数千円の費用で軽く飲食することにした。
 正直なところ、悔しい思いを抱いている。グイッと一杯くらい呑みたい。17時頃にオープンするお店で1時間ほど呑み食いし、40分前にラーメン屋の店頭へ向かうことにしたのだが、とりあえず、ラーメン屋の立地を確認しておく必要がある。
 西大路四条(西院)の交差点を西へ。一筋めを南へ入り、しばらく歩くと大量の花輪が飾り付けてあるお店を発見する。あの店で間違いない。確信を持って南下する。自信が確信に変わりました。
 隣には私が学生の頃、足繁く通ったお好み焼きの「あじしん」がある。ここのお好み焼きが好きでね。看板を見た瞬間に私の舌はお好み焼きモードに変わる。「あじしん」で軽く呑むことに決めた。ラーメン屋から徒歩三十歩、「あじしん」の看板のすぐ隣にある階段を上がり、二階の入口へ向かおうとしたのだが、階段上り口には「本日ご予約で満席です」との案内がある。ブルータスおまえもか。しかし、「あじしん」レベルの人気店であれば、それも致し方あるまい。

 困ったのは私の舌である。完全にお好み焼きの舌になってしまったから、「西院 お好み焼き」で検索してみると、四条通りの北側にどうやら一軒あるらしい。信号待ちで停車している車たちを横切り、四条通りを渡る。店内の様子が外からは見えない、なんとなく入りにくいお店であったがおもいきって入ってみる。
 私の好きな「ベタ焼き」がある。ミックスモダンを注文する。寡黙な大将、きちんとした接客をする女性スタッフ。何もいうことはない。
生地のうえにキャベツが敷かれ、その上に次々と撒かれる具材。ネギの緑がまぶしい。全体にまぶされる茶色い粉、あれは何の粉なんだろう。旨味を増してくれる粉であることは間違いない。
 小説を読みながら待っていると知らずうちにひっくり返されており、今度は鉄板に卵の布団が敷かれ、ひっくり返された平べったい丸が二つのコテで鮮やかに卵の上へと引越しされる。あらかじめ伝えていた「甘辛」のソースがまんべんなく塗られた「ベタ焼き」がやってきた頃、タイミングよく私の生ビールは飲み干されており、勢いよくハイボールを注文する。

 食べているうち、もうラーメン屋のことなんてどうでもよくなっていた。もう少しここに居たいと思った。しかし、私は趣味に生きる男である。もう一杯の誘惑に打ち勝ち、再び四条通りの南側へ向かうが、しかし、西大路四条交差点を西へ、一筋目を南へ下がった瞬間、あの花輪の大群が見えないほどの行列ができていたのが18時10分過ぎである。

 令和6年4月26日、後院通りにオープンした居酒屋も、西院にオープンしたラーメン屋も1人目の客にはなれなかったが、本日の1人目の客として入店したお好み焼き屋は「あたり」であった。これぞ、ご縁である。それにしても美味かったなー。

美味しいベタ焼きミックスモダンまた食べたい

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