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私の許せなさ誰かの許せなさ

 いまから私はいくつかの行動について否定的意見を書きますが、それをする人を否定はしません。私はその行動に否定的であるため、その行動はしませんというだけの話です。

 その前に本当に嫌いなのはイヤホンをしている人に話しかけたとき、ものすごく面倒くさそうにイヤホンを取り、「はい?」と言われること。これは本当に嫌いです。こんなにわかりやすく人を下に見てるのがわかる行為って他にあります?「俺様が機嫌よく音楽を聴いてるのにそれを止めさせてまで俺様に声を掛けてくるとはどういうつもりかね」っていう心の声が聞こえてきます。
 これをする人が意外と多いのは、私が意外と多くの人から下に見られているからなのか、逆に公共の場でイヤホンをしている人に無闇に話しかけることがマナー違反なのか。もう、しじみのお味噌汁のしじみを食べるか食べないか、みたいなことを勝手にマナーにしちゃうのはやめましょう。

 マナーで思い出した。
 先日、喫茶ルノワールにて至福のひとときを過ごしていたところ、隣に座った方がモーニングセットのトーストを食べる際、ものすごく「くちゃくちゃ」音をさせる方で、これはかなりしんどかった。マナー違反かどうかは知りませんが、私はあれが非常に苦手です。どうしても体が受け付けません。体中の毛穴がひっくり返るくらい苦手。「くちゃくちゃ」音をさせている人はまさか隣にそれを激しく嫌っている人がいるとは思いもしない。普段通りに「くちゃくちゃ」音をさせているだけです。まさか私がそれを嫌いなのを知って故意に聞かせているなんてことがあるはずもない。つまり、悪気はないのですが、悪気がない分、始末が悪いのです。ただ、これも行儀は悪いかもしれませんが、私レベルで嫌がるのもそれはそれで感じが悪いですよね。

 導入を書き始めたときは上記二例について書くつもりではなかったのですが、自分が苦手なことを思い浮かべたとき、本当に書こうと思っていたことを押し退けて頭のなかに入り込んできたのがイヤホンの話、それを書いているうちに思い出したのがルノワールの話なのでありました。

 本当に書こうと思ったのは以下の話で。今日、阪急大阪梅田駅の若菜そばできつねうどんを食べていたときの話。隣に座った年配の男性が「カレーうどんネギ抜きで」とおっしゃったんです。
 私はチェーン店でこういう注文をするのは少し度が過ぎていると思ってしまいます。吉野家で「つゆだく」にするのも苦手です。それって元から想定されているサービスなのかい?ということを考えてしまうんです。ハンバーガーのピクルス抜いてください、とか。
 そういう個人の要望にいちいち答えることが当たり前のお店では無いんじゃないかと思うし、店員さんもそう思いながら注文を受けているんだとしたら、店員さんもかわいそうだし、そんな風に思われながら作られたねぎ抜きカレーうどんや、つゆだくの牛丼、ピクルス抜きのハンバーガーは、なんというか、あまり美味しくない気がする。もちろん味は変わりませんし、むしろ自分の要望通りに変更されている分、その人にとっては美味しくなっているはずですけど。
 そのお店にとって、どこまでが想定されたサービスなのか、っていうのをどうしても考えてしまいます。大雨のなかの出前とか。これなんかは以前は常識的にあり得ないことだと思っていましたが、社会人として生活していると、意外となんとも思わずやっている人が多いので、そんなものなのか、と思い直してはいるものの、それでもやっぱり自分から率先してはやりたくないです。
 
 いろいろ羅列してみると、自分が嫌いだったり許せなかったりするものをみんながみんなNGとしているわけではないということがわかります。自分が許せないからといって他人にまでそれを押し付けるのも、その押し付けるという行為にこそ、誰かの許せなさがあるのかもしれません。

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