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1人目の客になれた話 太子道佐井通り西入ル編

 趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。以前、なじみの居酒屋「ココロ西院店」で一緒になった方に私の趣味についてお話したところ、えらく面白がってくれ、その場で著書『1人目の客』をご購入いただいたんですが、その方から先日メールが届き、内容がなんと新店オープンの情報でした。

 いわく、5月15日、葵祭の日の夜8時、太子道佐井通り西入ルにバーがオープンしますとのこと。バーのご主人はその日、葵祭の行列に最後尾で参加するため、帰りが遅くなり、当初7時オープンにするつもりだったのが8時になったということでした。ご主人は「ココロ西院店」のご主人とも知り合いであり、西大路五条のあたりで別店舗も経営しています。そちらの店は1人目の客になりたかったけどスケジュールの都合がつかず、なれなかったお店です。余談ですが、「ココロ西院店」は現在ある場所に移転オープンした際の1人目の客が私です。

 太子道といえば、その昔、私の大好きな「安宅屋」という中華のお店があったところ。京都に出てきて最初にやった家庭教師のアルバイトで長岡天神からの帰り道に立ち寄った餃子の王将も太子道店でした。どちらも今は閉まっています。閉まる店があるから新たに開くお店もある。そうなのだとしたら、私の趣味も明るく前向きであるばかりではないのかもしれません。

 その方から届いた新店オープンの情報によれば、そのお店は大和という焼き鳥屋さんと同じ建物の1階奥、入口がわかりにくいが焼き鳥屋さんとその左側に2階へいく階段があり、その間に扉があり、開けると奥に繋がる細い通路がある、とのことでした。
 こういう文章を書くとき、私なら「あり、あり、ある」と三回続くので、どこかの「あり」を「あり」じゃない言葉にするけれど、そういうことは一般的にはあまり気にしないものなのかもしれないと思いました。わかりやすく伝わるのならそれが一番です。

 わかりやすく伝わったのはよいのですが、いざ到着してみると、扉を開けて奥に繋がる細い通路が暗く澱んでおり、陳腐な表現をするなら異世界へ連れていかれそうな、魔女が紫色のスープをぐつぐつと煮込んでそうなイメージです。あとから聞いたら前は鰻屋だったらしいので、私の貧しい想像力なんてそんなものではあるのですが。入口手前の化粧室には若かりしデビッドボウイのポスターが貼ってありました。かっこよくてため息が出る。

かっこええの❤️


 並んでいるのは私だけなので1人目の客にはなれると思うのですが、ただいま7時40分頃。オープンは8時と聞いていたのでこの入口の扉は開けていいものなのかどうなのか。逡巡し、いったん表へ退散すると、男女のペアが焼き鳥屋さんの前あたりでキョロキョロキョロキョロ落ち着かない感じであたりを見回しています。

「あの、ひょっとして今日オープンするバーを探してらっしゃいますか」
「そうなんです。このあたりと聞いたんですけど」と女性が答えたので、「店主さんのお知り合いですか」と聞くと、「はい、そうなんです」
「それならお店の場所はわかるので一緒に入りましょう。僕はオープンしたお店の1人目の客になるのが趣味で、知り合いの方にこのお店のことを聞いて来たんですけど、どうにも入りにくいお店なんで一緒に入っていただけるとありがたいです」

 というわけで3人一緒にバーの入口へ。
 この場合、バーのご主人と知り合いであるお二人が先頭で扉を開けて挨拶をするのがごく自然な流れなのですが、私が1人目の客になりたいとわがままを言ったばっかりに、私に扉を開けさせてくださいました。いい人ばかりじゃないけど悪い奴ばかりでもないですね。近頃は些細な「情」にぐっとくる。

 ご主人はたまに「ココロ西院店」でも顔を合わす方でありました。鰻屋だった頃の面影はなく、喪黒福造が隅っこで呑んでそうな暗めの店内、8人座れば満員のカウンター、ソニークラークの「Cool Struttin」のレコードが流れる店内で酒を呑むなどというのは、これは村上春樹のイキり方ではないか。
 そういえば、春樹はバーのその日の1人目の客になるのを好むらしい。今日の俺は限りなく春樹に近いブルーだった。しまった春樹と龍がまざってしまった。村上でいえば、宗隆が史上最年少で200号ホームランを放っていた。イキると一人称が俺になってしまう私です。

 昨夜の話。令和6年5月15日午後8時前、太子道佐井通り西入ルにオープンしたBAR Qの1人目の客は私です。

しゃれとる

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