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どうしても好きになれない人

 どうしても好きになれない人がいて、どれだけ興味が湧いてもその人が関わっているというだけで、そこには近寄らないようにしてしまいます。そういう人が私は残念ながら人より多くいらっしゃるので、せっかくの面白そうな場所をスルーせざるを得ないことが多く、人生を損している気分になるのですが、どうしても好きになれない人と関わらなければならないとすれば、その方が人生を損した気分になるので、どちらを選ぶかといえば絶対前者であるからそれは仕方ないことだと思っております。

 どちらを選んでも損するならばより損が小さいほうを選ぶしかありません。つまり、苦手な人がいるということ自体に損しかないということですから、できれば苦手な人なんて作らないほうがよいのですが、なかなかうまくはいかないものです。

 誰に対しても適当に話を合わせてお付き合いできる人がうらやましい。
 私は周りから比較的そうやって波風立てずにうまいことやれる、というか、どちらかというと誰に対してもいい顔をする八方美人と思われがちなんですが、実際は全然そんなことはなくて、もしそのように見えているのであれば、私がうまいことやれているのは全員、私が苦手ではなく、むしろ好きな人ばかりです。

 苦手な人からも何か得るものがあるのではないか、とこちらから話しかけたりすることもあるのですが、途中で「あかん、やっぱり無理」となってしまいます。
 著名人のなかにも、例えば京都新聞の夕刊には各界の気鋭の人物のコラムが載っている『現代のことば』という名物企画があり、これを私は毎日欠かさず読んでいるのですが、どうしても受け付けない人がいて、それでもなんとか読もうとするんですが、やっぱりどうしても「嫌い」が先に来て読み進められない。
 この人のことが好きだったらこんなこともないのにもったいないな〜と思うんですが、わざわざストレスになることをしなくてもよいな、とも思うし、反面、そうやってストレスから逃げてばかりでいると碌な大人にならないよな、とも思うわけで、ああ、そういえば私の身近にいる私の苦手な人ってだいたい自分の価値観の中でだけ生きているしょうもない人だな〜と気付く。そうならないためには、苦手な人ともうまいことやっていかなあかんということか。むむむ。

蠱惑暇
こわくいとま

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