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短編小説『金治郎が見た夢』

 貧しい百姓の家に生まれた金治郎にはとにかく時間がない。ゆくゆくは出世してこの世の中のシステムそのものを再構築し、自分のように貧乏に喘ぐ人々を減らしたい、そのためには勉学に勤しまなければならないのだが、いかんせん、金治郎の家は貧しい。朝は早起きして山へ薪を取りに行き、夜は草鞋作りをする。効率を求め、なんとか作り出した時間を利用して勉学に励む金治郎であったが、家の主である祖父は吝嗇が服を着て歩いているかのような男であり、夜に読書をしていると「このビチグソが燈油の無駄遣いじゃ」と激しく罵られる始末。主にそれを言われれば金治郎は何も言えない。ああ、貧富の差無しに誰もが平等に、時間を気にせず勉学に励むことができる世の中になったなら。科学が進歩を遂げ、誰もが簡単に知識を身に付けられるようになったなら。そんなことを考えながら眠りに落ちたからか、金治郎は不思議な夢を見た。

 牛馬の何十倍も速く走る大きな籠、空に突き刺さる無数の背の高い建物、道を行き交う人たちの着ている服も金治郎のものとは一風変わっており、昔何かの本で読んだ西洋人の出立ちに少し似ているような気がした。彼ら彼女らは、皆、喧騒の中を前を向いて歩いておらず、何か手のひらに収まりそうなくらいの小さな箱を見つめながら歩いている。前を見ないと危ないじゃないか!と思うのだが、不思議とぶつかるということがない。人々は皆、その小さな箱に夢中になり、ある者は目を血走らせ、ある者は眉間に皺を寄せ、ある者はにやにやと微笑みながら、寸分たりともその小さな箱からは目を離さずにいる。いったいあの小さな箱には何が詰まっているんだろうか。いてもたってもいられず金治郎は、通りすがりの男が手にするその箱を覗き込んでみたら「X」と書いてあった。

 学びたいのに時間が無いことを嘆いていた金治郎は、この日を境に背中に薪を抱え、歩きながら読書に勤しむようになった。

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