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海外駐在ミッション・インポッシブル ~番外編~

本編はこちら ↓  ※この番外編とは関係ないので読まなくても大丈夫です。 

黄昏の大英帝国にて

2013年7月7日の午後。

日本で織姫と彦星が1年ぶりの逢瀬を果たしていたころ、かつて大英帝国と呼ばれた国の首都で、ひとりのテニス選手が誇らしげにトロフィーを掲げていた。

この国は、テニス発祥の地でありながら、77年間もの長きにわたって自国開催のウィンブルドンで優勝者を出すことができなかった。これになぞらえて、自国の市場を外国資本に席巻されることを「ウィンブルドン現象」と呼んだほどである。

想像してみてほしい。日本の国技である相撲や、お家芸と言われる柔道で、何十年も日本人の優勝者が現れないような事態を。彼らの鬱屈とした思いを少しは理解できるであろうか。

ましてや、1世紀前には世界の4分の1を支配下におき、「太陽の沈まぬ国」とまで呼ばれた覇権国家。その末裔たる誇り高きイギリス人たちである。彼らの感じていた屈辱たるや想像を絶するものであったろう。

そんなイギリスに、この日アンディ・マレーが悲願の優勝をもたらした。まさに歓喜の瞬間である。

細かいことを言うと、我々が「イギリス」と呼んでいる国は、「イングランド」「スコットランド」「ウェールズ」「北アイルランド」による連合王国であり、マレーはスコットランド人だ。

そして「連合王国」とは決して形だけの名称ではなく、それぞれにちゃんと首都があり(ロンドン、エディンバラ、カーディフ、ベルファスト)、国旗がある。

ネットで確認してみて欲しいが、我々にも馴染みの深いイギリス国旗・ユニオンジャックは、イングランド、スコットランド、北アイルランドの国旗を足し合わせたデザインなのだ(ウェールズのみ、国旗の原型ができる前にイングランドに併合されていたため反映されていない)。

そして厄介なことにこれらの国々、特にイングランドとスコットランドは歴史的に仲が悪い。実際、この時点から1年後の2014年には、スコットランドが連合王国から独立するか否かの国民投票が行われ、ぎりぎりのところで否決・残留となる。今後、二度目の国民投票が行われる可能性もあり、いつ独立してもおかしくない状態なのだ。

そうした事情もあって、イギリス国内の最大勢力イングランド人の中には、スコットランド人であるマレーをよく思わない人も多かった。彼の優勝を素直に喜べない人が少なからずいたのだ。

まさにイギリスという国家の複雑さと難しさを象徴するような出来事なのだが、そのことは本稿とは無関係である。というより、この長い前置きすら、本稿の主題とは全く関係がない。

サムライ VS 英国警察 の死闘

イギリス中がそんな熱狂の渦中にある中、この地に降り立ったひとりのサムライが、悪の警察機構との死闘を繰り広げていた。

サムライの名は「こう」。私だ。ロンドンに赴任して初めての週末を迎えていた私は、この日、駐在ライフの予行演習と称して職場の先輩と社有車でゴルフに行ったのであった。

翌週に客先とのラウンドを控えていたため、本番英国のゴルフ事情を視察することと、社有車の運転に慣れておくことが目的だった。

ラウンドは無事に終わり(文字通り怪我なくという意味だ。スコアは散々だった)、先輩を家まで送り届けた。あとは会社に車を返却すればミッション完了という道すがら、事件は起こった。

Police「しばらく後ろをつけさせてもらったが、おまえの運転は実に怪しい」
こう「武士をこそこそ尾行するとは。おぬし斬られても文句は言えんぞ。まあいま俺は、久しぶりの異国外遊ですこぶる機嫌がいい。命拾いしたな。
で、運転が怪しいと?そりゃそうだ、何せ今日が記念すべきロンドン初ドライブだからな」
P:この車はおまえのものか?
K:ちがう。社有車だ。
P:なるほど。それを証明する書類はあるか?
K:どこかに入っているのだろうが、わからん。ついさっき同僚から預かったばかりなんだ。
P:なんだその取ってつけたような言い訳は。ますます怪しいな。ちゃんと保険には入っているんだろうな?
K:おまえ誰に向かって言ってる。俺は保険会社の社員だぞ!
P:答えになっていない。保険証券を見せろ。
K:だから、借りたばかりだからわからん。どこかに入ってるはずだ。保険会社が無保険で運転するわけないだろう。
P:残念ながら、私は保険会社の人間が無保険で運転するか否かを知らないし、それ以上に、お前が保険会社の社員か否かを知らない。つべこべ言わずに免許を見せろ。話はそれからだ。
K:赴任直後でまだイギリスの免許は持っていない。出国前に手違いがあり国際免許も持っていない。だが、俺が調べた限り、日本の免許はこの国でも有効なはずだ。
P:では日本の免許でいいから見せてみろ。
K:これだ。
P:読めるか!これが免許かどうかすらわからんじゃないか。英文で氏名を確認できるものはないのか。
K:おまえ世界中の免許が英語で書かれていると思っているのか。いつまで大英帝国の栄光にすがってるんだ。英文氏名がわかるものはクレジットカードしかない。印字してあるのがフルネームだ。
P:・・・。データベースに該当する名前はないな。
K:あるわけなかろう。1週間前に赴任してきたばかりなんだ。
P:仕方ないか。それにしても、何から何まで怪しいやつだな。
ん?お前どうも酒臭い気がするぞ。飲んでるんじゃないか?
K:飲むか!俺がどれだけ酒弱いか知ってるのか。サークルでは飲み会のたびに吐いて、社会人になってからは酒の弱点を補うために必死にカラオケスキルを磨いて生きのびてきたんだぞ。飲んで平気で運転できるぐらいなら、人生こんな苦労してないわ。
P:ドヤ顔で言うな。どうせ検査をすれば一発だ。この器具に息を吹き込んでみろ。手加減するなよ、ふっふっふ。
K:無礼者め。あまり愚弄すると刀のサビにするぞ。まあいい、やってやるさ。
P:・・・。おかしいな、反応が出ない。怪しすぎるヤツだが、今日のところは見逃してやる。我が国の警察が寛大でよかったな。さっさと行け。
K:武士を散々愚弄しておいてそのいいぐさは何だ。おぬし世が世なら切り捨てられてるぞ。「見逃してやる」はこっちのセリフだ。

エピローグ

以上のようなやり取りを、先方は一貫して紳士的に、こちらは終始しどろもどろになりながらしていました。

後日になって気づきましたが、慣れない運転で、どうやらバス専用レーンを走っていたために警察に目をつけられたようです。

実際、保険証券も車内には保管されておらず、運転免許も日本のものしか持っていなかったので、怪しさ満点だったと思います。なぜか酒臭いという因縁をつけられ検査をさせられたところも事実です。逮捕されるんじゃないかとヒヤヒヤしました。

なんだか寸劇みたいになってしまいましたが、これにてミッション・コンプリート!

~ Fin ~

注)免許証の取り扱いルールは当時と変わっている可能性もありますので、ご自身でよくご確認ください。


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