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日本文化にとって日本酒とは?…集団飲酒でパリピ化


日本人はどういう状況で酒を飲んでた?

例えば、古代エジプトなどではビールは水の代わりに飲まれていた。
別に呑兵衛だからってわけじゃなく、水の品質が悪くて飲めないから、必要に迫られてビールを飲んでた。今のように澄んだビールではなく、度数も低いどぶろくめいた代物だったから、栄養ドリンクっぽい側面もあった。
パイレーツ・オブ・カリビアンの海賊たちがいつも酔っ払ってるのも、飲み水積んでも腐るから、ラム酒を水代わりにしていたからだ😹
じゃあ、日本での日本酒はどうなのかというと、清水に恵まれた日本では長いこと、みんなで集まったときにしか飲まなかった。

まず、酒は米だけでできた貴重品!
一人で晩酌なんてもってのほか!!
基本は神道の祭事のときに儀式に則ってみんなで飲む。
お酒やお米やお餅といった神様に捧げたもの、これを神饌(しんせん)っていうんだが、そのままおいといたって腐るだけだし、その場に居る人たちで分かち合うというのが日本の文化なんだ。
神主さんが祝詞を捧げ終わった後、直会(なおらい)って厳かな酒宴の儀式に移る。これは、現在の神社でもきちんと受け継がれてる。
これにはきちんと神聖な意味があって、「神様の食を分けて貰う」共食の文化、砕けた言い方をすると「同じ釜の飯を食う」って奴だな。勿論、相手は神様だから、その神力によるご加護を授けていただくって意味もある。


直会

酒盛りの一種ではあるんだが、厳格なしきたりがあって、それに則って厳かな雰囲気のうちに行われるんだ。
具体的には、一番上座の長老から順に箸を付ける。杯と徳利は一つしかなくて、長老が飲み終えたのを再び満たして、下座へと回していく。その間、ずっと無言。
神様と自分でもあり、自分と隣の人でもあり、そうやって絆を深めていく儀式だな。…正直、ろくに味も分からないし酔えなさそうなんだが😅

ちなみに、お供え物である神饌は、稲作が入ってくる前までは、海の幸・山の幸だった。ところが、稲作の文化が入ってくると、山の神を里まで呼び寄せないといけないという意識が生まれる。
そこで、まずは山に入って儀式(祝詞&直会)をして神様の気を引いて、今度は水を入れる前の田んぼで儀式をやる。

酒盛りという言葉は漢字が入ってくる前からあって、”もり”の部分は「神様や貴人から武威を分け与えていただく」という意味があったらしい。
つまるところ、酒盛りというのはお酒を神様から分けていただく儀ってわけだ。


だんだん増えていく酒盛り🍶

稲作には季節毎にいろんな行程があるわけだが、そのたびに酒盛りをやってたから、最低でも年に十回は行われていたらしい。春は田植え関連の前後、夏は疫病が来ないようにという祈祷、秋は収穫祭といった感じ。

で、人間はやっぱり酒が好きなんで、更にだんだん回数が増えていく(笑)
「晴れの日にみんなで呑む」って大原則だけは変わらないんだが、例えば冠婚葬祭にも酒盛りが登場するようになる。
平安時代辺りになると、お節句という行事も増えて、「よし、酒盛りだ!」ってなる。


直会だけでは終わらない、無礼講

後醍醐天皇が催した無礼講

現代で無礼講といえば、上下関係や堅苦しい礼儀を取り払って飲み会をすることだけを指してるが、無礼講があるということは、礼講もあったってことだ。で、この礼講が直会のことを指す。
無事、直会の儀式が終わったあとは、「もうここからは無礼講にしましょう。そんな細かいしきたりなしで、座る位置も自由に変えていいよ! 年齢差を超えた友達も居るだろうし、上座の人が下座にいったり、下座の人が上座にいったりして飲み交わしていいよ!」っていうのが無礼講。
本来ならば、礼講あっての無礼講だったってわけだ。


酒盛りから生まれた文化

平安時代の酒宴

そんなわけで、酒盛りというのは神様のお力を借りる為の文化だったわけだが、おねだりしてばかりで申し訳ないって意識も出てくるのが人情。
それが神饌なんだが、更に、神様も見守ってる前での酒宴って意識があるから、なんとか神様にも楽しんで貰おうっておもてなしの精神が発揮されるわけだ。
「よし、ここは一丁、得意の歌や舞をお捧げしよう」ってことになる。
歌舞で神様をもてなしていたのが、やがて音曲や能といった芸能にまで発展していく。
大河ドラマとかで、武将が能を見ながら酒宴を楽しむシーンとかあるが、あれはいつの間にか神様と貴人が似たような立場にまで引き上げられてしまった文化の変遷の結果だろうな。


差しつ差されつお酌の文化

杯洗いの為の水が満ちた器がある

目下の者が目上の者の杯に徳利から酒を注ぎ、それをくっと飲み干して、今度は目上の者が目下の者に「じゃ、ご返杯!」って注ぎ返すやりとりのことだよな。こういう文化は日本ぐらいしかないらしい。だいたい手酌や給仕に任せるのが、よその国では普通。

現代では、お酌の文化は気を遣うし敬遠されがちなんだが、元々は差しつ差されつや杯の回し呑みというのは、共食の感覚で仲間意識を高める為のコミュニケーションツールだったんだよな。
西洋文化に置き換えてみると、彼らだってハグやキスをする、あの感覚なんじゃなかろうかと指摘する説もある。
ただ、相手の杯が空になったタイミングを見計らってすかさず酌をするというのは、いかにも日本人らしい気遣いに満ちた文化だよなとは思う😅

絵を見て貰えば分かるとおり、杯は一つしかない。
酌して貰ったのをくっと飲み干した後、手前にある杯洗いの丼でちゃぽんと洗って懐紙できゅっと拭いて、相手に手渡して「じゃ、ご返杯」ってお酌を仕返してってのが、かつての飲み方だった。
そこで生まれたのが、「水くさい」と「水入らず」って言葉だ。
「私と貴方の仲だから、いちいち杯を水で洗ったりしなくていいよ」って意味で使われてる。
なんとも粋だ。


一体感を高める為の酒宴

農村での酒宴

日本が閉鎖的な島国で、長いこと平和を享受してきた為に、村でどれだけ穏やかにやっていけるかが大事だったという価値観は理解できると思う。
その為にも酒宴は大いに利用された。
村に新しい人が入ってくるってのは、ものすごく珍しいことだった。
そういう際には、引っ越し蕎麦ではなく酒を携えて村長のところに伺い、歓迎会の酒宴が催され、みんな酔っ払って心の壁を取っ払うという儀式が行われた。
出て行くときも同じで、酒宴を催して、みんなで励まして心強く持たせて旅立たせた。
「おう、お前、どこに行くんでい」
「へい、江戸です!」
「そうかそうか。みんな、応援してっからよ、江戸で一旗揚げてくるんだぜ!」ってな感じか。

村同士の付き合いの際にも酒宴が利用されたらしい。
例えば茅葺屋根の葺き替え!

一つの村ではできないくらい大変な作業だったらしいから、相互扶助精神が発揮されて、近隣の村同士で交流があったらしい。
で、労いの気持ちと次は助けるからな!って連帯感を酒宴で酔っ払って高める。


若者酒!

ちょっと面白いのが、村の若い衆だけで催されたという若者会。
江戸時代以前は家父長制度が当たり前で、一家の大黒柱であるお父さんの権力が絶大なわけだ。
そうすると、息子たちは長男であれ何であれ息苦しい。
「…親父がうっせえな」って内心思いながらも、「父上!」って平伏するわけだ。
そこで、若者同士が自分たちで酒と肴を持ち寄って「うぇ~い!!」って盛り上がる。お互いの愚痴をこぼしたり、情報交換したり、嫁さん探しをしたりするわけだ。ちょっとばかり切ない。


職人の正月

大工といった職人たちは、正月になると、奥さん同伴で親方のところに酒を携えて挨拶に行く。
「明けましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします!!」
「うむ」
親方はそう応えて、酒を受け取って、別の樽酒を空けて、用意してある料理も振る舞って、もてなし返す。
上下関係をはっきりさせると共に、お前のことをずっと守っていくぜって意気を伝えるわけだ。

三三九度

固めの杯

杯の回し呑みをして固い絆の契りを結ぶ典型だな。
任侠の世界でも、親子固めの杯、兄弟杯と、堅苦しい儀式と演出で行われている。
今では廃れてしまったんだが、結納の儀の後に、嫁さんが夫の婚家に訪れるらしいんだ。
そこで、改めて親子の契り酒というものを交わしたらしい。
「今日から貴女は、私の本当の娘のように扱うからね」と。
「貴女も私のことを、実母だと思って接してちょうだいね」という想いを
伝えたのだという。
現代では改まってそういうことを伝え合う場もなさそうだし、けじめとして大事な役目があったんじゃないかと思うな。
今の時代でも改めてやってみるのも良いかもしれない。


酒は日本文化にとって、晴れの日を飾るコミュニケーションツール!

晴れの日というと、字面から誤解されがちな面もあるが、葬式といった忌むべき行事のことも含んだ。詰まるところ、日常ではない、非日常の出来事が起こった際は、すべて晴れの日だ。
日本人にとって、辛いとき、嬉しいとき、仲間と気持ちを分かち合い、繋がり合う為のコミュニケーションツールとして大きな役目を果たしたのが、“酒”であったと、そういう結論かな。

現在、平々凡々とした褻(け)の日でも、個人的楽しみで晩酌している現代人とは、少し遠い文化になってしまってるのかもしれない。

幕末の辺り、海外の文化人類学者の方々が、日本の神事を見たいとやってきたそうだ。
そして、直会の後の無礼講に興じる日本人の姿を見てびっくり仰天したのだとか。
海外の人から見た日本人の印象は、生真面目でおとなしい印象なのに、無礼講となった途端に、「なんだこいつら、ラテンのパーティーピーボゥか!?」ってくらい、豹変して馬鹿騒ぎするのに、度肝を抜かれたらしい(笑)
基本、キリスト教のミサなんかは終始厳かな雰囲気で終始する代わりに、日常水代わりにビールやらワインを飲んでるから常時ほろ酔い状態でテンション高めで過ごしてるからな。
全く正反対の挙動だったわけだ。

文化の違い、面白い!

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