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第3部 南西部への旅       [20] New Mexico を旅する

20-1  ニューメキシコ州サンタフェへ

 3月に入ると日中の気温が12度前後に上昇する。夜半はマイナス5度以下まで冷え込む日が続いた。雪が降ったり雨が降ったりと晴天に恵まれる日も少なく、春と呼ぶには流雲には抵抗があった。

 3月23日に Winter Quarter が終わり、24日から Spring Breakに入る。
「Spring Break」の始まりは、1938年に「Fort Lauderdale, Florida」で開催された水泳大会とされている。このスポーツ大会が1950年代に「春休みパーティー」、1970年代に入ると「飲酒パーティー」に変化しセクシーな放蕩の場となり、春休みの定番になっている。

 2週間程前にホーリーが流雲を訪ねてきて.......。
「Ryu, what are your plans for spring break?」
「No, nothing in particular.」
「Why not? If you don't plan soon, you can't stay anywhere else. Is there somewhere you want to go?.......早く計画しないと何処も泊まれないわよ。何処か行きたいところは?」
「 何の計画もしてないよ..... I don't have any plans.  Maybe I'll go on a photo shoot trip. Holly, What are you going to do?」
「 I don't want to be a drinking party pooper, but I am planning to go on a spring trip to refresh myself.......飲酒パーティーのバカ騒ぎは......旅行でリフレッシュしようかと.....」
(まぁ。俺もそれ程パーティの馬鹿騒ぎするのは好きでないしなぁ。近くに撮影旅行に行こうかと思っていたのだが......)

「Okay, but the Rockies are covered in snow, so do you want to go skiing?」
「No, not skiing. It would be a party town. Ryu, let's travel south to New Mexico, just the two of us. It's warmer than Colorado, okay?......二人だけでニューメキシコに行こうよ。コロラドより暖かいしどう?」
 二人でニューメキシコ州か.......ちょっと行って見たい。東海岸から帰ってから時々会ってたけど。恐ろしいのは、その誘いが、信じられないほど魅惑的だという事実だ。
「Holly, just the two of us? Are you sure?......二人で?本当に良いの?....... But I don't have much money to spare. Can we go?.......でも、あまりお金に余裕がないんだけど?」
「Don't worry, we can camp as we go....... キャンプしながら行けば良いわ」
 
 確かに、キャンプなら安くつくしな。ジェフからテントを借りて行こう。
 流雲は春休みが、楽しくなりそうな期待に胸が膨らんだ。
「Spring Break」では学生寮に住む学生は一度ドームを退寮させられる。必然的に春休みの短期旅行がイベントと化したのだろう。全米中の大学生がフロリダのリゾート地に集合する学生ライフには驚かされる。

 3月24日。暖かさを感じる小春日和の朝だった。
 流雲とホーリーは、昼前に『鷹』に乗り、旅立つ。
 州間高速道路 I-25 を南下し、New Mexico 州 を巡りGrand Canyon を目指す。
 コロラド・スプリングスの町を過ぎた辺りから建物が少なくなる。約2時間走り「Pueblo Colorado 」を抜ける。州間高速道路の高架が終わる。
 視界が下がり枯れ草の砂漠地帯を地表を這うように『鷹』が走る。ガードレールも無く。大草原の丘陵地を滑るように走って行く。
 等間隔に立つ電信柱が、車窓を飛ぶように流れて行く。平坦な草原地帯は、視界を遮るものは何も無く、地平線がくっきりと見える。
 流雲は『鷹』を路肩に停車し降り立つ。肌を刺す冷たい風が吹き付けてくる。
 見渡す限り一面の草原が広がっている。枯草色と緑色のまだら模様の草が風に微かに揺れている。が連なっている。高地の冷たい風に揺れる草が草原砂漠の荒涼さを感じさせる。この景色は必ずしも悪いものではなかった。

 360度に広がる草原地帯にカメラをセットする。足元の草は硬くゴワゴワしている。
 カメラバッグから対称型広角レンズ「NIKKOR-02.1cm」を取り出し装着する。標準広角レンズで撮影した時は、現像するまで「像」の歪みや色彩のにじみを確認することができない。対称型広角レンズは「歪曲収差」と「倍率色収差」を補正する利点がある。流雲は撮影時の構図によるが、自然な雰囲気の写真撮影を心掛けており、対称型広角レンズを頻繁に使用している。

 道路脇に立ち、大草原の『一本道』をイメージし地平線の端から端まで収める構図にする。イメージの「具象化」を考えて、中央分離帯に三脚をセットする。
「Holly, Can you watch the road behind me? 」
「Ok, be careful」「I will take a picture in the middle of the highway as soon as I can, so keep your eyes peeled......高速道路の真ん中で写真を撮るから、できるだけ早く撮るから.....」
「一本道」を強調するように、等間隔に立つ電信柱を配置しパースペクティブを利かせる。 シンメトリーを際立たせる『二分割構図』に決める。不気味さを感じさせる緊張感のある写真を意識する。「NIKKOR-02.1cm」の撮影を終える。
(パースペクティブな遠近の不気味さが表現できたように思う)

 3時間走り続けると、右手の地平線に微かに山影が見えてきた。
 ホーリーが地図を確認し......。
「We just passed through Colorado City......コロラドシティを通過した...... It will take about 3 hours to get to Santa Fe......サンタフェまで3時間くらいよ」
『鷹』の前方に砂漠のような草原風景が延々と続く。

 小さな町「Walsenburg」に入った。州間高速道路 I-25 が、信号のあるメイン・ストリートに変わる。町中に入る。荒涼とした一本道の風景が一変する。パステルカラーの平家建てのカフェやショップが建ち並んでいる。
(砂漠の中に突然現れたオアシスのようだ。そのギャップに驚かされた)
 ホーリーが.......「Let's take a break. I'd like to have a cup of coffee. How about you?」と休憩を促してきた。『鷹』をカフェの前に止める。
「Holly, that's amazing......ちょっと、驚きだなぁ.......I didn't know that a small town could have such a fancy café.......草原の中の小さな町に、こんな洒落たカフェが.....」
 殺伐とした草原の中にクレヨン画のように現れた「Walsenburg」の町は印象的だった。殺風景な草原に出現したオアシスの町を過ぎると、小高い丘の稜線が延々と続く。

 車窓に風に揺れる灰緑色の雑木が、やたらに目に付くようになる。
「Ryu, New Mexico is getting close......ニューメキシコは近いわ」
「Is that so.」
「The desert grass Sand Sagebrush has become noticeable.....砂漠草のサンド・セージブラシが目立つてきたわ......」  
「It is only seen in Western movies.....西部劇の映画で見たことがある」
 ホーリの説明では......ニューメキシコ州は乾燥したプレーリー草原地帯が広がり、降雨量が少なく、Sand Sagebrush のような砂漠雑木しか育たない。
Prairie草原地帯は、コロラド州南部「Great Plains/大平原」は草原地帯の一部として米国中西部に広がる。Arizona 州に近づけば典型的な乾燥気候に変化し昼夜の温度差が大きくなり、巨大なサボテンの生育が確認できる。

『鷹』を「Santa Fe Plaza」に駐車する。I-25を快調に6時間飛ばしてきた。
 サンタフェ広場に「Adobe スタイル」の博物館やレストランが建ち並んでいる。「総督邸」は「Spanish Colonial 建築」を反映した歴史博物館になっていた。アドビ建築を継承しながら、スペイニッシュ・コロニアル様式の「柱廊」が設けられてた回廊造りになっている。
(珍しい。サンタフェ・スタイル独特の建築様式だろう)

 広場の中心でひと際大きな人だかりがあり、「 Colonnade/柱廊」の下で露天商が商売をしている。ネイティブの露天商の自然な振る舞いに、素朴な露天の原点を見た気がする。
(懐かしいな。新宿の地下道を思い出す。あの露店販売の原点が、ここにあったのか.......)
 
 この柱廊を活かした「一点透視構図」の撮影準備に入る。
 カメラを取り出し超広角レンズを装着する。長い柱廊の横ラインと縦ラインを水平垂直に保つ。そして消失点がひとつになる位置にカメラをセットする。最も単純な「パース構図法」だが、奥行き感を強調する流雲の好きな構図だ。アドビの土壁を強調するように被写体に近づき「近景」に入れ大きく写すことでパースの効いた印象的なショットを撮る。
 流雲は、超広角レンズを使う時は被写体との距離を一歩、二歩距離を詰めて、意識的に通常よりも接近撮影するように心掛けている。被写体と背景の遠近感を強調する。
(土壁の粗さとネイティブの褐色の肌、観光客の派手なシャツの対比が良い感じだ)

 サンタフェは降雨量の少ない乾燥した砂漠気候でありながら、標高2,130mの高山都市であり温帯高山気候であり四季がある。どこか日本の気候に似ている。 
 アドビの土壁に触れると懐かしさを感じた。この感触は、雲龍院の外壁や本堂や茶室の壁に使用されていた「聚楽壁」と良く似ている。

「Holly, this Adobe Mud wall is the same material used for the exterior of my grandfather's temple, 『雲龍院』の壁素材と同じだ」
「Are the materials used in Native Adobe architecture in Santa Fe and Japanese shrine architecture the same?......ネイティブのAdobe建築と日本の神社建築の素材が同じ?」
「It is not a shrine building, but a Zen Buddhism architecture from the Kamakura period, but this same mud wall is a traditional Japanese building material used in tea ceremony rooms "Jurakukabe".......鎌倉時代の禅宗建築だけど、これと同じ土の塗り壁は、茶室などに使われた日本の伝統的な建築素材『 聚楽壁』だよ」
「Amazing!」
(聚楽壁独特の鶯色や浅葱色の色彩は無いが、自然素材の素朴さがある。粗く少しザラついた土肌の素朴さが美しい)

 「The Palace of the Governors」の館内に入ると、ひんやりと涼しくカラッとしていた。
「New Mexico 歴史博物館」には、ネイティブ・アメリカン「プエブロ」の民芸品や絵画やアクセサリーなどが展示されていた。展示品を見ていると、ホーリーが.......。
「The natives of Santa Fe are Puebloans. Puebloan art is distinctive in accessories, small carvings, woven baskets, etc......プエブロ族の美術品の特徴はアクセサリーや小物の彫刻や編みかごなど.....Similar folk art is sold under the colonnade.....同じような民芸品が柱廊の下で販売されて......」

 館内の片隅に、日干しレンガの壁、粗壁、仕上げ壁のサンプルが展示されていた。
「It is built with sun-dried bricks. This is the same method used in Arabic construction........日干し煉瓦で建物を造っている。アラブの工法と同じだな........ How will the building's structure hold up with these mud walls?.....良くこれで建物の強度が?」
「Wall height should be 10 times the thickness of the foundation.......壁の高さは土台の厚さの10倍というルール見たいよ....... So, most of them are one-story, so if they're 10 feet tall, the walls would be a foot thick......殆ど平屋建てなのね。10フィートの高さであれば壁の厚さは1フィートになるわ」
(平屋の壁厚が30㎝か.......それにしても、泥粘土と藁だけの構造壁とは驚きだな)

 サンタフェプラザから、次の目的地「 Pueblo 古代遺跡」に向かった。サンタフェ・プラザを出発し Old Santa Fe を経由し I-25 N に入る。約30分程のドライブで到着する。

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