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【短編】私は貴方を思って息を吐く。

24日につぶやいた140字小説を元に書き上げた短編です。

『あなたのことを思ってつくため息を、金平糖の形に固めたとしたら、どんな色になるだろう?憂うつさを含む灰色か、寂しさを含む水色か、愛しさを含む桃色か。たとえ、どのような色であっても、口に含んだ時のその味は、儚く、甘く、僅かに苦く、決して忘れられない味になるだろう。』

休みの日は、家で動画を見たり、本を読んだり、とにかく自分一人の時間を満喫まんきつする。一人でいると、あの人のことを思って、大きく息を吐くことがある。息を吐いた方向に向かって、手を伸ばし、空中をつかむ。自分の方に握りこぶしを引き寄せて、上に向かっててのひらを向けた形で開くと、掌の中央に、金平糖こんぺいとうが一つ転がっていた。

金平糖の色は、薄い水色だった。親指の先くらいの大きさだろうか。普段より大きめだ。私は部屋の隅に設置している棚から、大きなガラス瓶を取り出した。ガラス瓶には、サイズが様々、色とりどりの金平糖が収まっている。私はガラス瓶の蓋を取って、掌の上の金平糖を瓶の中に入れた。

事あるごとに金平糖を消費するようにしているのに、しばらくすると溜まってしまう。息をつく度に金平糖にするのは止めた方がいいと思いつつも、無くなってしまうと不安になるので、この行為が止められない。
要するに、この金平糖は嗜好品しこうひんだ。煙草のような、酒のような。無くてもいいものだけど、一度はまってしまうと、止めることができないもの。

ガラス瓶から、小さめの黄色のものを取り出して口に含む。
味は大体同じ。はかなくて、甘くて、ほんのり柑橘系かんきつけいの風味がして、わずかに苦みがある。今回のは、ちょっと酸っぱさが際立っている。淡い味なのだが、一度食べると、忘れられない味。そして、時間を置くと、また味わいたくなる。

ところが、私以外の人には、この味は分からないらしい。友達に金平糖をあげて食べてみてもらったが、全く味がないと言われてしまった。何人かから同じ回答を貰い、私は人に金平糖をあげることを止めた。それからは私一人で味わっている。だから、なかなか減らない。

ため息から金平糖を作れると知ったのは、ある寒い日のことだった。寒い日に外で息を吐くと、白く濁る。それを捕まえてみようと、幼稚ようちなことを考えた結果、白い息は私の手の中で金平糖に変わった。ただ、吐いた息全てが金平糖に変えられるわけではない。あの人のことを思って、ついたため息だけが、金平糖に変わる。

私には長年思っている好きな人がいる。
彼は同じ職場の違う部署の人で、社内ですれ違う時に会話を交わすくらいには仲がいい。今のところ、彼は結婚もしておらず、誰かと付き合っているわけでもないらしいが、私は自分の気持ちを伝えられずにいる。

私は、美人でも、頭がいいわけでも、気が利くわけでもない。ごくごく平凡な女だ。彼と深い付き合いがあるわけでもなく、これは一方的な片思いだ。
たぶん、この思いを彼に伝えることはないだろう。

私が大きく息を吐くと、それは大きめの灰色の金平糖に変わった。


夕方、あと2時間もすれば、定時になろうかという頃。

私は、職場の休憩室で、コーヒーを飲みながら、大きな窓から外を眺めていた。煙草を吸う人のように、休憩に入る理由を作りにくいのだが、休憩しないと生産性が落ちるのは分かっているので、意識的に休憩を取るように心がけている。

私は、掌の中に納まるくらいの、電球のような形をした容器を取り出し、その中に入った金平糖を一つ取り出して、口に含んだ。

家で食べるだけでは、金平糖を消費しきれなくなって、職場に持ってくるようになるのに、そう時間はかからなかった。しかも、この金平糖は、たぶんカロリーはない。大量に食べても体重が増加することもなかった。元々が私のため息からできているものだから、なのかもしれない。でも、大量に食べると、苦みが強くなって、胸が苦しくなるような気がするから、一度試してからは、やっていない。

「村山さん。休憩?」
背後から声をかけられて、驚いて振り返ると、スーツ姿の彼が笑みを浮かべて立っていた。まさか、休憩時間が一緒になるとは思ってなかった。私は声が震えないように注意しながら、言葉を発する。
「そう。珍しいですね。この時間に生島いくしまさんがここにいるなんて。」
「今日は、外回りはなかったので。隣、いいですか?」
私が頷くのを見ると、彼は隣の席に座った。手に持っていた紙コップをテーブルの上に載せる。

お互いの仕事について話しあう。特に不自然な様子もなく受け答えできたと思って、ホッと息を吐く。この息も金平糖にしようと思えばできるんだろうな。色は何色だろうか?ピンク?橙色?何となく暖色系な気がする。
「村山さん?何か元気ないね。」
私が黙り込んだのを見て、彼が心配そうに声をかけた。
「何でもないです。」
「そう?・・その手に持ってるのは何?あめ?」

私が持っていた金平糖の入った容器を指差して、彼が問いかけた。
「これは・・。」
「金平糖?へぇ、懐かしい。少しくれない?」
私はその申し出に躊躇ためらう。あげて食べてもらったとしても、きっと味がないだろう。
「あげるのはいいんですけど、味がないかもしれませんよ。」
「味が・・ない?」

何と説明すればいいだろう。食べてみてもらうのが一番早いかもしれない。私は、金平糖を一粒容器から取り出し、彼の掌の上に置いた。割と大き目で、色は薄い紫だ。作った時に何を考えていたかは、もう思い出せない。
「どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
彼は掌にある金平糖を口の中に入れた。噛みはせず、口の中で転がして溶かしているようだ。

「どうですか?」
「複雑な味がする。」
てっきり、「味がしないね」と答えが返ってくるかと思ったので、私は驚いて彼の顔をまじまじと見つめる。私の視線に気づくと、彼はふいっと視線をそらしていった。
「甘いような、少し酸っぱいような、苦みもある?でも、とても美味しい。後を引くね。」

彼は、私と同じように金平糖の味を感じるらしい。友達には分からなかったこの味が。
「もう少し分けましょうか?たくさんあって食べきれないので。」
「いいの?」
「ええ。」
私は、休憩室にあったティッシュペーパーを一枚テーブルに引いて、その上に金平糖を容器から流し出した。

「でも、一度に大量に食べるのはお勧めしません。苦みを強く感じるので。」
ティッシュペーパーで包んだ金平糖を彼に手渡す時に、そう忠告する。
「ありがとう。味わって食べるよ。」
「大したものではないので、気になさらないでください。」
嬉しそうな様子の彼に向かって、微笑んで言う。

そう、この金平糖はいくらでも作り出せる。貴方のことを思って息を吐けば、いくらでも。

「そろそろ仕事に戻りますね。」
「待って。金平糖のお礼に、今度一緒に食事しない?もちろん、村山さんの都合のいい時でいいから。」
「・・本当に、それは大したものではないですよ?」
「・・お礼というのはともかく、一緒に食事したいなと思って。」
真剣な顔でこちらを見つめる彼を見返しながら、私は思った。

もし、万が一、この恋が叶ったら、金平糖は作れなくなるのかしら?

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