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【短編】素顔での出会い

私は、仕事帰りに、友達と待ち合わせをして、一緒に夕食を食べていた。
「と、いうことで、これから男の人紹介するから。」
「え、これから?」
私は、思わず問い返した。

今日は、久しぶりに会おうと話が来て、彼女と会うことになった。
彼女は同じ大学に通った同級生で、今は職場同士が近かった。
それでも会ったのは、大学卒業以来だ。まったく、大学の時と彼女は変わっていなかったが。

大学を卒業してからのお互いの仕事のこととか、住んでいる場所とか、いろいろな近況報告を終えた後、今お互い彼氏はいるのかという話になった。
私は前の彼氏と別れたばかりだった。彼女も彼氏はいないが、気にかけている人はいるのだと言う。
そしたら、彼女の職場にいい人がいるから紹介してくれる話になった。それも、この後すぐに。

「ユイに彼氏がいたら、流そうかと思ってたんだけど、今日この後、職場の先輩と、その紹介したい同僚と、会う話になってるの。」
また、何と手回しのいいことだ。でも、私の心の準備は全く整っていないんだけど。

「どこで会うことになっているの?」
彼女が告げたのは、この近くにあるスパ施設の名前だった。私は今までに行ったことはない。そこは彼女の職場の福利厚生で、優待券がもらえるらしい。だから、私もその優待券で、無料で入れるのだそうだ。

だが、スパ施設というと、男性・女性分かれているのではないだろうか?
素直に疑問を口にすると、館内着を着て、男女で過ごせるところもあるらしい。

だけど、紹介してくれる人に、私はすっぴんで会うことになるんだけど、そこから交際に発展はするのだろうか?
「ユイは、すっぴんでもそんなに変わらないから大丈夫。」
そういう問題ではないような気がするんだけど。


「急に誘われて、迷惑じゃなかった?」
「いえ、どうせ帰っても暇ですし。」
職場の先輩である結城さんとロッカーの前で、館内着に着替えながら、会話をする。

結城さんと俺、そして、これから会う予定の同僚とは、会社でのプロジェクトが一緒で、急速に関係が近くなった。
まだ、入社して、俺も同僚も、1年も経っていないが、それなりに仕事にも慣れてきた。たまには、ゆっくりするのもいいだろう。

ここは、かなり大きなスパ施設で、会社の福利厚生で、優待券がもらえる。ただ、抽選制なので、当たらないと優待券はもらえないのだが。それなりに、枚数は多いらしく、当たる頻度は高いらしい。
らしいと表現しているのは、俺は優待券を使って、ここに来るのは初めてだからだ。ここに一緒に来る相手もいなかった。

今回ここで会おうと提案してきたのは、同僚の青木さんだ。なんでも、俺に彼女候補として女友達を紹介したいと言う。確かに、前に付き合っている人がいるいないの話はした。そこで、就職時に前の彼女と別れた話もさせられた。
俺は、就職と同時に上京してきて、会社の社員寮に入った。遠距離交際になってしまうことと、相手に別に好きな人ができたということで別れたのだ。

青木さんは、何というのだろう。押しが強い。彼女に問いかけられると、話さざるを得ないような気分にさせられる。まぁ、同じくらい彼女の話も聞かされるんだけど。
彼女の友達ということは、彼女と同じように押しが強い人なのだろうか?だとすると、付き合うのはちょっとなぁ。
それにしても、普通初めて会うのに、スパ施設を選ぶか?

あらかじめ決められた時間に、男女で過ごせる空間の入口で、結城さんと待っていると、同じく館内着を身につけた青木さんとその友達が現れた。
「ごめんなさい。待たせちゃいました?」
青木さんは、結城さんに向かってそう言って、微笑む。
「いや、待ってないよ。時間ピッタリじゃない?青木さん。」
「そうですか?お待たせしたんでないならよかったです。紹介します。私の友達で、三上さんです。」
「三上です。はじめまして。」

青木さんの後ろに立っていた彼女は、挨拶と共に深々と頭を下げた。
「こちらは、私の職場の先輩の結城さんと、同僚の垣谷くん。」
「結城です。よろしくお願いします。」
「垣谷です。はじめまして。」
俺たちの顔を見て、彼女は恥ずかしそうに目を伏せた。まぁ、当たり前か。初対面だし。

しばらくは4人で、空間内のいろいろな箇所を回っていたのだが、その後ペアで回って、後で合流しようという話が出てきた。青木さんは、結城さんを捕まえて、サッサとどこかに歩いて行ってしまった。
俺は、隣に立つ三上さんを見つめる。彼女も俺のことを見上げると、ぎこちない笑みを浮かべた。


残された垣谷さんと共に、とりあえず並んで座れるような箇所を探した。
この空間はいくつかに区切られていて、おもむきの違うサウナや岩盤浴ができるスペースになっている。
あまりに暑いと話をしている間にのぼせそうなので、程よい温度のスペースを見つけて、腰を下ろした。

垣谷さんは、私と違って、緊張している様子もなく、私の顔を見つめてくる。
「あの・・あまり見ないでください。すっぴんなので。」
顔の前に手をかざして言うと、彼は優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ。俺は目が悪いから、眼鏡をかけないと、ぼんやりとしか見えない。」
「そうなんですか?」

さすがに初めて会う異性に、素顔を長時間さらしているのは辛かったので、彼の言葉を聞いて、私はだいぶ気持ちが楽になった。
当たり障りのないお互いの情報を交換していく。休みの日の過ごし方が似通っていて、意気投合した。とにかく話しやすい人だった。
彼も、楽しそうに話をしてくれていたので、ホッとした。

「今日は、三上さんに会えてよかったです。」
「私も、とても楽しかったです。ありがとうございます。」
「えっと、今度また誘ってもいいですか?お互い休みの日に会いませんか?」
「は、はい。私は土日休みです。」
「俺もです。では、青木さんに連絡先聞いて、こちらから連絡入れます。」
「わかりました。」

2人で見合って、安堵した息を吐いた。それが見事にシンクロしていたので、2人で笑った。


「で、どうだったの?そっちは。」
「楽しかったですよ。今度また会う約束をしました。結城さんは、青木さんと仲良くなれました?」
「まぁ、それなりに。」

俺は、結城さんが、青木さんのことを気にかけていることは知っている。青木さんが、結城さんにあこがれていることも。2人で話できたなら、少しは前進したのだろうか?お願いだから、俺を通さないで、2人で仲良くしてほしい。

「あれ?眼鏡はかけなくていいの?」
「あぁ。そうでした。ちょっと準備してくるので、待っててもらえますか?」

既に支度が終わった結城さんに声をかけ、俺は眼鏡を持って洗面台の方に向かう。大きな鏡に向かうと、目に着けていた使い捨てのコンタクトレンズを外す。外したレンズはそのままごみ箱に捨てた。
以前から、日にちは聞いていなかったが、青木さんからここに来ることは聞いていた。だから、通勤バッグに入れておいたのだ。

彼女には嘘ついたけど。彼女の様子を見たら、思わずついてしまった嘘だった。もっと親しくなったら、打ち明けて謝ろうか。

それに、彼女は素顔でも、可愛かったし。

俺は、眼鏡をかけて、鏡を軽く一瞥すると、待たせている結城さんのもとに向かった。

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