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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2023年12月の記事一覧

【短編小説】行く年来る年

耳を澄ますと、除夜の鐘が聞こえる。 この近くには、寺も神社もある。 年が明けた後の初詣先も確保済み。毎年一人だが。 まだ若い時は、除夜の鐘を現地に聞きに行ったり、徹夜して初日の出を見に行ったりもしたが、今日は雪予報。 家の炬燵に入りながら、蜜柑を食べ、だらだらとテレビを見ながら、年を越すのがちょうどいい。 「間もなく終わるね。」 ぽつりと呟かれた言葉に、視線をやると、相手もこちらを見る。 僅かに寂しそうに見えるのは、気のせいだろうか。 「そうだな。」 「今年一年は君

【短編小説】イルミ・クリスマス

ホテルのシングル室から見る都会の夜景は、それなりに美しかった。 前入りした今日は何も予定がない。明日の朝まで、この部屋でのんびり過ごしていればよかった。明日の為の資料は完成していたし、初めての取引先への訪問でもないから、緊張もない。どうせ、年末の挨拶を兼ねてのものだから、向こうもそれほど気を張ったものではないだろう。 一緒に来た同僚は、こっちに友人がいるとかで、隣の部屋に荷物を置くと、早々に出かけて行った。この日の夜に示し合わせて会うのだから、ただの友人ではないのかもしれ

【短編小説】「お届け物です。」リターンズ

「お届け物です。」 玄関ドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、大きな段ボール箱を抱えた宅配便の人の姿だった。 デジャブ。 私は頭を抱えたくなった。 去年も同じ光景が、目の前に繰り広げられた気がする。 「住所、氏名、あっていますか?」 私に向けて、宅配伝票を見せて、相手は問う。 去年と同じ人かどうかは分からない。 私がその場に立ち尽くしていると、相手は訝しげな表情をした後、「あの・・。」と戸惑ったような声をあげた。 その言葉にハッとして、私はその伝票に視線を走らせる。

【短編小説】束の間の幸せの中で

「なぁ。」 「なあに?」 私を下から見上げて声をかけられたから、私はその視線を正面から受け止める。 「お前、今幸せ?」 そう問いかけられると、直ぐには答えられなくて、躊躇っていたら、彼は穏やかな笑みを浮かべて、私に向かって口を開く。 「俺は、幸せ。」 躊躇いのない言葉に、私の目の前はぼやけていく。 「どうした?もしかして、感極まった?」 「・・自分でもよく分からない。」 こちらを揶揄うような表情を浮かべた後、彼は体を起こして、私の背中に手を回す。彼の手の温かさを

【短編小説】あの時、告白してなかったら

最寄駅前のカフェに入ったら、思っていた以上に客がいて驚いた。今の時刻は午前6時半過ぎ。大半は夜行バスで来た人が時間を潰しているんだろうと思う。 だが、その内、一人で過ごしている女性は、待ち合わせ相手の彼女しかいなかった。その横に立つと、彼女は手元の本から視線をあげて、自分を見上げる。 「ロミさんですよね?」 彼女は私の言葉にニッコリと笑んで応えた。 「そうです。はじめまして。幾夜さん。」 改めてコーヒーを頼みに行き、彼女の前の席に座る。 何と話を切り出していいか分か

【短編小説】Happy Birthday

滅多に鳴らない自宅のインターフォンが音を奏でたのは、21時頃だった。 特に誰かと約束はしてない。宅配便かと思って、モニタに出ると、そこに映し出されていたのは、スーツ姿の男性だった。 「こんな時間に何のよう?」 「寒いから、まず家に入れてくれよ。」 モニタを切って、軽く舌打ちする。明日も仕事なんだから、平日の夜に来ないで欲しいものだ。 玄関を開けると、「寒い、寒い。」と言いつつ、彼が入ってくる。しばらく会わない内に、髪に白髪が混じってきたと思ったら、それは髪にうっすらと積