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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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2023年4月の記事一覧

【短編小説】『湘南台』行きの電車

俺は、橋の上から、目の前に広がる海を見つめていた。 橋の欄干にもたれて、風に吹かれて、潮の香りを嗅いでいると、今自分が置かれている状況を忘れられる気がした。 朝、自分が乗るはずだった電車が、人身事故で運転見合わせとなった。運転再開の目途はたたず、駅ホームに立ち尽くした俺は、その場で会社に休みの連絡を入れ、逆方面の電車に飛び乗った。 その電車の行き先、『湘南台』という言葉に、海が見たいという気持ちを引き起こされたからだった。 だが、『湘南台』という名前に見合わず、終着駅の

【短編小説】好きな人と結婚したら、幸せになれると思ってました。

食べたいと思っていた高級果物店のパフェを前にして、私は大きく息をついた。向かい合って同じようにパフェを食べていた美奈の手が止まる。 「どうしたの?」 「ねぇ。美奈は今幸せ?」 私の質問に、彼女はキョトンとした顔をした。 「なに?突然。」 「私はさぁ、好きな人と結婚したら、幸せになれると思ってたんだよね。」 美奈は、私の言葉を聞きながら、またパフェに長いスプーンを突き刺した。 「礼羽は、今、幸せだと感じてないの?旦那さんのことは、結婚前、結構のろけられたと思うんだけど

【短編小説】君は過去になっていない。

「お互いのことを懐かしいと思えるようになったら、また会おうね。」 そう言って、君は僕の前で、泣きそうな笑顔を見せるから。 僕は「そうだね。」と答えることしかできなかった。 あれから、もう大分経つのに、僕は君に連絡を取れないでいる。 君のことは、あの時から何度も思い返している。 一人で過ごしている時とか、君が好きな俳優をテレビで見かける時とか、君が好きな音楽を耳にした時とか。 実際、僕たちは恋人同士だったわけじゃない。 仲のいい友達だったというだけで、特別な関係にあった

【短編小説】飛行機雲のたなびく先

仕事帰り、電車の窓から、空が見えた。 薄紫というか、少しピンク色も入った、夕焼けの空。 そこに、飛行機が飛んでいて、作る雲がその後を糸のように繋いでいる。 飛行機雲は、雲に隠れて見えない夕日を受け、光の糸となった。 綺麗だった。 仕事帰りの疲れた心に、その光景はとても美しく映り、泣きたくなる。 その飛行機雲は、私から見て斜め右上に向かって、たなびいていた。 その方向は、あの人がいる場所と同じ。 私は、電車を降りて、その飛行機雲を見ながら、スマホを手にする。 飛行機雲は

決して存在することのない恋文への返信

ご無沙汰してます。元気かな。 手紙をくれてありがとう。君の筆跡は直ぐに分かる。懐かしかった。 仕事に追われ、家族と過ごし、平穏な日常を送ってる。 多分、幸せなんだろう。少なくとも、不幸ではないんだろうと思う。 でも、君から手紙を貰ったら、やはり学生の時の方が、もう少し希望というか、夢があったと思った。あの頃は、早く大人になりたかった。大人になれば、お金も稼げるし、もっと自由になると思ってた。実際は全く違ったけど。 君は、前から勉強もできて、何か違う先を見ているような気が