日付が変わって昨日の話。
ここ数日間、いや、生まれてからずっと激動と停滞が繰り返し起こるのでヘトヘトだ。
ええと、実際に風邪引いて、お医者さんにみてもらったら、「喉真っ赤です」と言われ、喉いがいがのまま自由が丘から新宿三丁目へ。目的はストーキングではなく笑、実際にリアルでお世話になっているバイト先の店舗責任者の〇〇さん(働き初めの頃、「〇〇店長」と呼んだところ、「違う」と言われたのが2019年の秋)にランチをご馳走になったのだ。ご馳走様でした!
そんな月曜日。その後、喉いがいがのまま塾で3コマ、小学生と中学生を見る。いうまでもなく塾講師のバイトだ。「勉強を教える」というより、「見守る」比率が多いと思う。「教える」だけだったら、AIでいいんじゃない?わかんないけど。中学生、みんなテスト前で忙しそう。きっと僕もこうだった。それを見守ってくれた2人の先生(国語と数学)は今何してるだろう。あなた方がいなかったら、僕はこの仕事をしてない。「アルバイト」だろうと関係ない。〇〇〇先生、〇〇先生、クソお世話になりました!
それはそうと、最近は音楽を聴いたり、映画を見たりしている(こないだ「シネマヴェーラ渋谷」で『君も出世ができる』という、東宝映画を見てきた。学生証を提示するのも、今年度で最後だろう)。さまざまな動きがある。
『されどスウィング』という、相倉久人氏の著作を読んでいる。こんなに笑った本は、何年ぶりだろう。地元の図書館は良書が揃っていて嬉しい。借りて面白かった本は、たまに買って読んで、借りなくても面白そうな本はすぐに買う。『ユングのサウンドトラック』の文庫本は、すぐ買ったと思う。帰りの電車で読み耽ったのを覚えている。あれは、高校3年生だった。
『ユングの』を書かれた菊地成孔氏は、かれこれ10年くらいファンとして追っていて(付き纏ったりはしてないです、えっ、ライブに行くことはストーキング?)、あ、でも、レストランとか紹介されてた所は2、3軒行きましたけどね。
その一軒で、面白いことがあった。何年か前か忘れたが、別れた彼女と夜ご飯を食べることになり、イタリアンレストラン(トラットリア)に伺った時の話だ。
(ちなみに、その彼女付き合っていたのは相当前(2020年夏)で、そんなに長続きしなかった。当時はコロナ禍真っ只中。色々なことが普段通りに行かなかった。それはそれでしょうがないと思う。それから何年か後に、突然連絡があって、正直びっくりしたのを覚えている。それから、何か事あるごとに食事をしてきた人だ。)
カウンター席で食事をしていたら、空席の隣席に男性と女性のペアがご来店。まあ、そこまでは普通の光景。ところがびっくり、顔を確認してないけど(してもわからないけど)、「菊地成孔の粋な夜電波」のディレクターさんだったのである笑
なぜ、そのディレクターさんだと断定したかというと、声のトーン、お話の内容からそう判断したのだが、これ以上はアウティングになるの?まあいいや。「(神田)白山が、どうのこうの」、まあ、その業界のお話だったし、新宿三丁目だし、ということです。すみません、〇〇D。
これは高校2年生の夏(2014年)だったから、鮮明に覚えているけど、「粋な夜電波」のイベントがあった。「赤坂サカス」という、今あるのかないのかわからないイベントスペースで行われた。野外で行われた。そこに登壇されていたのか、今となってはわからないが、当時のツイッターには、菊地氏と〇〇D氏が満面の笑みで写った写真がツイートされていたと思う。凄く楽しかったです!
そこで何が行われていたのか。
ある人物と別の人物の写真を見比べ、似ているか似ていないか。似ているとして、その似ていることが意外な感じがして楽しい。というイベントで(疲れすぎて何書いてるのかわからない笑)、その例として挙げられた中で印象に残っているのは、「(当時の)坂本龍一氏と細野晴臣氏」、そして「(当時の)細野氏と樹木希林氏」だ。どちらかと言うと、後者に深く頷きながら爆笑したのを覚えている。そのどちらも、「だんだん似てくる」というのが肝だ。
それが10年前。その時もその時で激動だった。
時は流れて10年後。暦は2024を記録して6ヶ月と少し。鬼籍に入られた方もいる。しかし、彼らの、彼女らの仕事は今も探ることができる。「記録」として、「記憶」として。
どうにかしてその当時の写真をサルベージしようと試みこちらを発見。僕、インスタグラムやってないから中身見れないや!どうしよう!恥ずかしい!パスワード分かんないし、アカウント消せないので(面倒だし)そのままにしていたのだった!思い出したくない!ああ、嫌だ嫌だ!
まあ、とにかく映画『モテキ』のクリエイターには猛省を促したい。当時のティーンはこの映画を見たおかげで、ストーカー扱いされ、路頭に迷った。ふざけんなよマジで。
「脚本」一つ取っても、変だし、おかしいよ!もう2度とみるもんか、嘘、どんどん粗を探して吊し上げてやる!当時の僕の無念を晴らすために!(うっそー、否、本当にやっちゃうかも笑)
当時は当時で荒ぶる魂だった僕だけど、今もそれは変わらない。クソがよ!
安心して言えるクソがこの国にはありとあらゆる形で残っているので、こうして憂さ晴らしできてるので周り回って感謝、、なのかな(どっちだよ笑)
真面目な話、恢復するのにそうとうかかったし、今も若干不安定。しかし、それでも人は生きていける。音楽と、映像と、本と、美味しい料理と、愛情と、愛おしい人たち=世界。
僕は絶対に1人ではなかったし、そこには音楽が鳴っていた。個人練習でスタジオに入る僕を、同級生の女の子は「暗い」と言っていて驚いたが、真剣に練習していたのだ。そうでもしないと、他のバンドメンバーに合わせられないから。やりたくもなかったドラムを。なんだけども、それはそれで楽しかったよ。あとで後ろ指刺されても。
卒業式は、体が動かなくて、気力無く、外に出れなくて辞退した。「ボイコット」、「デモ」の類ではない。しかし、先生のおかげで、卒業はできた。先生たち、ありがとうございました。
そして最後に、貴様らに、本当に、「反省する心」とやらがあるのなら、一つだけ言いたい。(SNS上で反省しろと言っているのではない。あくまで)
「それで、君たちは楽しかったの?」
(以下、2016年〜2018年に撮った写真を抜粋)
多少(結構多めに)、振り返ってみました。意味があるかはわかりません。
最後は自撮り写真で。苦手なのですが、これも若気の至り笑(古いiMacの内カメラで撮影)
あゝ、清々した!清々しい朝だ。これから何をしようか。
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