【縦漫画原作】逆行してクセつよ家族に溺愛される闇患い《厨二病》公爵の娘は、強固な運命を砕きたい! 2話
第2話
■場面<逆行後:レピドの魔法研究塔・昼間>
深刻な表情のラズが、唇に人差し指を当てる。
ラズ「お静かに。おれの名はラズです」
ターニャ「らず…?」
ズキリと胸元が痛み、結晶に触れるターニャ。
ターニャ(この子、どこかで…会ったことがある?)
ラズが手袋をした右手をターニャへと伸ばす。
ラズ「あなたを助けに来ました。一緒に逃げましょう」
ターニャ「わたしを…助けてくれるの?」
ラズは切ない表情でターニャに訴えかける。
ラズ「はい…! おれたちは、あなたをずっと…探していたんです…!」
ターニャ「わたしを…?」
ターニャは戸惑いながらも、レピドの様子をチラリと伺う。
ターニャ(きっと、レピドから逃げるチャンスはいましかない…!)
ターニャは意を決した表情をして、ラズの手を握り締める。
ターニャ(だから、わたしはこの手を取る…!)
ふたりが手を握った瞬間、ラズの手袋をした右手の甲と、ターニャの胸元の結晶が、ほんのりと光る。
ターニャ「わたしを、助けて…!」
手を握り返され、ラズが勇ましい表情で強く頷く。
ラズ「かしこまりました、お嬢さま! さあ、行きましょう!」
逆行直前のふたりが手を繋いだ場面を思い出し、温かさにほっとした表情で手をぎゅっと握るターニャ。
ターニャ「…うん!」
ラズに手を引かれて、自ら彼のもとに歩き出すターニャ。
ターニャ(あの声が願ってくれたように。今度こそ、わたしは幸せになりたい! ううん、幸せになってみせる!)
ラズがターニャの手を優しく引き、窓にターニャの身を引き寄せる。
ターニャは不安そうな表情で問いかける。
ターニャ「ねえラズ、ここから逃げられるの?」
ラズ「はい」
恐る恐る窓の外を見るターニャ。
ターニャ「でもここ、すごく高いよ?」
ターニャを安心させるように、ラズがふんわりと微笑む。
ラズ「秘策があるので、大丈夫です。おれ、この階まで飛んできたんですよ」
ターニャ「ほんと? 飛んできたの?」
困惑したラズの眉がへの字になる。
ラズ「…空から逃げるのは、怖いですか?」
ターニャ(…こわい、けど…)
ターニャ(いまはレピドから逃れたいの…!)
ラズの手をぎゅっと握り締めて、上目遣いにお願いするターニャ。
ターニャ「手、離しちゃやだよ?」
再びふわっと、でもどこか悲しそうに微笑むラズ。
ラズ「もちろんです。絶対に、離しません…!」
ターニャに気を取られ、振り返って手を伸ばすレピド。
レピド「ダメだ! ルチル!! ぼくから離れちゃダメだ!」
レピドから逃れるように、急いで窓に足をかけるターニャ。
ターニャ「ひっ」
怯えられたレピドが、傷付いた表情になる。
レピド「ルチル、どうして…」
ラズがターニャをレピドの視界から隠すように抱きしめる。
ラズ「飛びます、いいですか?」
ターニャ「うん!」
ターニャを抱えて窓から飛び出すラズ。
スクロールと共にふたりが落ちて行く。落下中、ターニャの髪の毛が虹色に煌めきながら靡く。
レピド「ルチルーーッ!!!」
■場面<逆行後:レピドの魔法研究塔外・昼間>
落下する中で、ターニャが目を瞑る。
ターニャ「わっ!?」
ラズ「風の力よ!」
ラズが魔法を使うと、ふたりがふんわりと宙に浮かぶ。
ターニャ「!」
ふたりはゆっくりと落下していく。
目を開いてキョロキョロと辺りを見回すターニャ。
上空から結晶のない豊かな大地が見える。
ターニャ「すごい!」
ターニャ(外の世界ってこんなに色がいっぱいで、きれいなんだ!)
嬉しそうに地上を見回すターニャを、ラズが暖かな眼差しで見守る。
ターニャ「これが魔法なの?」
ラズ「そうですよ」
仄暗い表情のレピドが、魔法で人々を結晶化させていく回想。
ターニャ(レピドは魔法を悪いことにばかり使っていたから…)
ターニャ(だから魔法は怖いものなんだって、ずっと思っていた)
ラズの手をぎゅっと握りしめるターニャ。
眉を寄せたラズが、真っ直ぐにターニャを見つめて気遣うように問いかける。
前話のレピドの「怖くない」と対象的になるようにラズを描く。
ラズ「やっぱり…怖いですか?」
ターニャ「ううん。この魔法は怖くないよ」
微笑むターニャに、ラズもふんわりと微笑む。
ラズ「良かったです」
ターニャを抱きしめたままラズが着地し、ふたりはさっきまでいた研究所を見上げた。
ラズ「塔の近くはまだ危険です。逃げましょう」
上からは争う音がまだ聞こえてきて、ターニャがびくっと震える。
ターニャ「え? どこに行くの?」
お姫さま抱っこした状態で歩き始めるラズ。
ラズ「あなたの帰るべき場所です、お嬢さま」
ターニャ「わたしの帰るべき…わたしにもおうちがあるの?」
ラズ「そうですよ」
ターニャ「レピドと一緒にいなくても、いいの?」
ラズ「当然です! みんな、お嬢さまのことを待っているんですよ」
ターニャ「みんな?」
■場面<逆行後:レピドの魔法研究所・近辺ー馬車前・昼間>
馬車の前に辿り着くと、侍女と侍従、騎士数名が立っていた。
彼らはターニャの姿を見ると、感極まって泣き始める。
侍女「ああっ、お嬢さまっ…! 奥さまに瓜二つだわ…!」
騎士「ついに見つかったのか!」
ターニャ(そういえば…)
ターニャ「ねえ。お嬢さまって、どういうこと?」
ラズが馬車の前でターニャを降ろす。
ラズが騎士の礼をすると、ほかの使用人たちも揃って礼をみせた。
ターニャは困惑してオロオロとする。
ターニャ「ど、どうしたの? ラズ?」
ラズ「お嬢様さま。あなたの本当の名は、ターニャ。おれ…いえ、私たちの仕えるイリディーセンシス公爵家のご息女です」
驚いて目を見開くターニャ。
ターニャ(わたしの…ほんとうの名前?)
ターニャ「私の名前は、ルチルじゃないの…?」
ターニャの問いかけに、悲しそうに頷く一同。
ラズ「それはあの男が勝手につけた名です。お嬢さまがご両親から授けられた名は、ターニャです」
ぼうっと話を聞きながらも、腑に落ちた表情をするターニャ。
ターニャ(なんだろう…。ルチルはわたしの名前じゃないって聞いても、悲しくない)
ターニャよりも結晶を愛おしそうに眺めるレピドを回想するターニャ。
回想レピド『僕のルチル…』
ターニャ(レピドは、わたしを呼んではいなかった。きっと、都合のいいお人形さんが欲しかっただけ…)
ラズ「お嬢さま?」
ラズに呼びかけられて我に返るターニャ。
ターニャ「ラズ。わたしのこと、名前で呼んで? お嬢さまじゃなくて、名前で呼んでほしいの」
ラズ「えっ」
仕えるべき人物を名前で呼んでも良いものかと、困惑するラズ。
ラズ「し、しかし、おれ…いや、私は…」
悲しそうに首を傾げるターニャ。
ターニャ「ダメ?」
動揺したラズの背をほかの使用人が小突き、促された彼は申し訳なさそうに言う。
ラズ「う…。タ、ターニャさま…」
ラズの名を呼ぶ声に、逆行前の最後に名前を呼ばれた場面を回想するターニャ。
ターニャ(ラズの声…あのときの声に似ているかも…。わたしを幸せにしたいって言ってくれた、あの声に…)
ラズに続いて、侍女たちが温かい眼差しでターニャを名前で呼ぶ。
侍女「ええ。お嬢さまのお名前は、ターニャお嬢さまです」
騎士「ターニャお嬢さま! お会いできる日を心待ちにしておりました!」
ターニャが胸元の結晶に手をあてて、呼ばれた名前をかみしめるように微笑む。
ターニャ「わたしの名前はターニャ…えへへ…」
ターニャ(嬉しい…!)
ターニャの笑顔を見て、ほっとした表情を見せる一同。
ラズ「お嬢さまのお父上は、塔の騒ぎが落ち着いたあとでいらっしゃいます」
騎士「お嬢さまの無事なお姿に、安心されるでしょう…!」
突然の父という存在に緊張し、顔をこわばらせるターニャ。
ターニャ「わたしの、おとーさん?」
いまより小さい頃のターニャの回想。絵本を読んでいたターニャが問いかけると、レピドは病んだ瞳で答えた。
回想ターニャ『わたしに、おとーさんとおかーさんはいないの?』
回想レピド『ルチルの両親? 死んだよ。それに父親は、ルチルのことが嫌いだったね。可哀そうなルチル…』
ターニャ「おとーさんは、私が嫌いって聞いたよ…? 会ってくれるかな…」
不安そうなターニャの疑問に、絶句する使用人たち。
ラズ「!!」
侍女「そんな…」
ラズは悔しそうな顔をしたあと、真剣な表情でターニャに伝える。
ラズ「あの男から聞いた話は、全部忘れてください…!」
ターニャ「えっ」
ラズ「お嬢さまには本当のお名前があって、ご家族がお嬢さまを待っておられるのです…!」
ターニャ(本当に…レピドはわたしを見ていなかったんだね…)
ターニャ「…うん」
ラズがほっとすると、今度はターニャがソワソワし始める。
ターニャ(おとーさん…。どんなひとだろう? こわいひとかな? ラズみたいに、優しいひとだといいな)
ターニャ「ラズはわたしのかぞく?」
ラズ「いいえ。私は見習い騎士です」
ターニャ「見習い…なの?」
ラズ「はい。まだ見習いですが、お嬢さまをお守りいたします」
背後から、ザッザッと土を踏む靴の音が鳴る。
ターニャはびくっと震え、使用人たちが警戒をする。
ターニャの前に立ち、庇うように音に向かって立ち向かうラズ。
ラズ「…この命を、かけてでも!」
(第2話・了/第3話へ続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?