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コロナ時代の天皇論 〜 統合か、断絶か。 〜

2020年5月1日、令和になって一年が経過した。

元号が変わる。

元号が変わるだけで時代は何も変わらないと言う人もいれば、
元号が変わることによる時代の変化を感じる人もいる。

ちなみに僕は後者。

先帝(現上皇)による「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」をきっかけに制定された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」に則り、第126代目として即位した天皇。即位から一年、日本は、いや、世界は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による恐怖の最中にある。偶然か必然か、元号の変化に連動して、僕は時代の変化を感じている。今回はポストコロナを「天皇」というフレームから、見据えていきたい。それが今、僕にできることだ。

1. ウイルスは儀礼をも蝕む。

宮中祭祀のために皇居へお出ましになる陛下が、マスクをお召しになっている光景が報道されている。COVID-19により皇室の活動にも影響が出ている。

最も影響が大きいのが、2020年4月19日に挙行されるはずだった「立皇嗣の礼」の延期だろう。これは「立太子の礼」に相当する儀式であり、秋篠宮が皇嗣であることを内外に宣明する場である。裕仁親王(昭和天皇)の立太子の礼は1916年11月3日、第一次世界大戦の真っ最中。明仁親王(上皇)の立太子の礼は1952年11月10日、日本が主権を回復した直後にして冷戦の真っ最中。徳仁親王(天皇陛下)の立太子の礼は1991年2月23日、湾岸戦争の真っ最中。近代における立太子の礼はいずれも大きな社会の流れの最中にあったが、決して延期されることは無かった。それだけ、今回のコロナ危機がインパクトのある歴史的事象であると言える。

ちなみに2020年5月1日現在、皇室の方々は新型コロナウイルスに感染していない。英国のチャールズ皇太子やモナコのアルベール大公が新型コロナウイルスに感染したニュースは記憶に新しいだろう。その国の王室・皇室がコロナウイルス感染により最悪の状況を迎える事だけは避けたい。

2. ウイルスは「違和感」を見せる

世界中がコロナ危機に陥っている中で、人々は恐慌の最中にある。
そのような中、新型コロナウイルスに立ち向かう王室の動きが注目されるだろう。英国のエリザベス女王がビデオにて国民へメッセージを発せられたことが世界的ニュースとなった。

このニュースをご覧になった際、我らが皇室は新型コロナウイルスに対して、どのようなアクションをとっているのだろうか。

宮内庁ホームページでは2020年4月10日に、新型コロナウイルス感染症対策専門会議の副座長を務める尾身茂氏の進講を受けたご発言が紹介されている。

【進講における陛下のご発言】

今日はお忙しいところ時間をとっていただきありがとうございます。尾身さんが,新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長として,新型コロナウイルス対策に大変尽力されていることに深く敬意と感謝の意を表します。また,これまで,日夜,現場で医療などに携わってこられている多くの関係者のご努力を深く多としています。

現在,世界各地で新型コロナウイルスが猛威をふるっています。我が国でも,人々の努力と協力により,爆発的な感染がなんとか抑えられてきましたが,このところ東京などを中心に感染拡大の速度が速まってきていることなど事態の深刻化が懸念されております。医療提供体制のひっ迫が現れ始めていると聞き,先日は,政府による緊急事態宣言も出されました。

この度の感染症の拡大は,人類にとって大きな試練であり,我が国でも数多くの命が危険にさらされたり,多くの人々が様々な困難に直面したりしていることを深く案じています。今後,私たち皆がなお一層心を一つにして力を合わせながら,この感染症を抑え込み,現在の難しい状況を乗り越えていくことを心から願っています。

引用:宮内庁「新型コロナウイルスに関する天皇陛下のご発言要旨」(https://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/show/51)

現在、陛下の新型コロナウイルスに対するメッセージは、これだけだ。進講の様子がメディアで報道されてはいるが、僕は不自然な印象を抱く。

「新型コロナウイルスへ対する皇室からのメッセージを受けた日本国民のフィードバック」というプロセスが無い。

僕が持つ違和感の源泉はここにある。

東北の震災の時、先帝(現上皇)が「おことば」をビデオメッセージで発信されたこと、被災地訪問の際に被災者の方々へ膝をつき合わし励まされたことが、国民からの反応を得た。

被災者の方々を励まされる陛下(宮内庁HP)

また、皇室典範特例法の立法背景として「天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること」が挙げられている(皇室典範特例法1条)。つまり、近代初の譲位は、天皇のお気持ちに日本国民が応え、日本国民によって特例法を制定したことにより成し遂げられた。

震災の事例、譲位の事例は、いずれも、皇室と国民の双方向のコミュニケーションの重要性を意味するものだ。今回のコロナ危機は震災や譲位とは性質が異なるが、歴史的に重大な意義を持つ事象である。ここに皇室と国民の双方向性が見えてこないことに、僕は違和感を見出すのだ。

3. ウイルスは「統合」を「断絶」させる

天皇とは日本国の、日本国民統合の象徴である。
天皇の地位は、日本国民の総意(合意では無い)に基づくものである。

天皇は日本国民に寄り添う存在である。
国家以前からの伝統を継承する天皇は日本国民統合の紐帯となる。

ゆえに天皇は活動する。
その活動が見えない状態に、国民は「断絶」の感をおぼえる。

実際、皇室の状況をキャッチアップしようにも、公務中止の報道や進講の様子の報道を得るに止まるのが現状だ。(もちろん皇室の方々も関係各所の方々も精一杯の活動をされている事は重々承知)。しかし今、皇室は隠蔽されている。国民の一人として、そう感じる。そう思う人が数多存在するからこそ、エリザベス女王のようなビデオメッセージ による「おことば」を期待する声も出てくるのだろう。

宸襟が御簾の内に隠蔽されたことにより起こったのが大東亜戦争だ。
軍部の増長による全体主義体制は、天皇の名の下、天皇の実体が国民から隠蔽されたことにより敷かれた。日本だけでなく、世界中の国々が、それぞれの大義で、全体主義の道を歩んでいった。その顛末は、ここで詳しくは語るまい。

僕は今、世界中で再び全体主義が再生産される兆候を見ている。自粛によって、人々の交流は断絶の一途。感染を契機とする人種・信条・社会的身分又は門地による差別。感染拡大の防止のための人権制限手段の提案。危機によって社会は断絶し、断絶は全体主義への歩幅を進める。そのような光景に、ポストコロナに迎える新たな危機を感じる。

この断絶に架橋するために、日本国民の統合を象徴する天皇の役目に期待している。その手段は、ビデオメッセージなのか、医療従事者への激励なのか、製薬機関への顕彰なのか、それは考える余地がある。

4. コロナ時代には「統合」が求められる

憲政史上初の譲位によって始まった令和の時代。僕はこの令和の時代を脱近代の時代だと見ている。つまり令和はコロナ危機に関係無く、激動の予兆を孕んでスタートした。その流れに拍車をかけるかのように、コロナ危機が訪れた。時代の変化は、既存のパラダイムに対する懐疑と二人三脚の関係にある。例えば、人口は「密集」から「分散」へと価値基準が移りつつある。ビジネスは「出社」から「リモート」へと価値基準が移りつつある。皇室も同様に、既存の価値観からのパラダイムシフトが求められるだろう。

令和の皇室にまず求められるのは、コロナ危機によって分断された国民を統合するための紐帯としての役割であることには違いない。ポストコロナの時代に、皇室がどのように国民に寄り添い、国民がどのように皇室を敬愛していくのか、見届けたい。

願わくば、ポストコロナの時代が、全体主義的な形態を助長することのないように。

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