さすらい駅わすれもの室(原作:今井雅子)外伝「新年のおくりもの」

さすらい駅の片隅に、ひっそりと佇む、わすれもの室。そこがわたしの仕事場です。 ここでは、ありとあらゆるわすれものが、持ち主が現れるのを待っています。 傘も鞄も百円で買える時代、わすれものを取りに来る人は、減るばかり。 多くの人たちは、どこかに何かをわすれたことさえ、わすれてしまっています。

だから、わたしは思うのです。ここに来る人は幸せだ、と。

駅に舞い戻り、窓口のわたしに説明し、書類に記入する、 そんな手間をかけてまで取り戻したいものがあるのですから。

世界中のほぼ全ての人が気持ちを新たにする日の朝。わたしは、わたしとわすれものだけの部屋で、わすれもの室宛の、その年を代表する動物が描かれたハガキに返礼を書いていました。というのも、例年なら駅は具沢山のお雑煮のように賑わうのですが、今年は帰省や初詣に行く人は少なく、時間に余裕があるのです。混雑を避けるためでしょうか。

そんなことを考えていると、わすれもの室の電話が鳴りました。「非通知設定」の表示に戸惑いながらも受話器を上げ「もしもし」と話しかけると、スピーカーの向こうから歓声と拍手が起こりました。

続いて、
『この電話はわすれもの室で間違いねえかい』
とよく通る声が聞こえました。

「はい、さすらい駅わすれもの室です」

『よかった。実はな、ちょいと探してほしいものがあるんだが……』
と言いかけたところで、
『先輩、まず僕たちの自己紹介をした方がいいんじゃないですか?』
と別な声が言いました。
『おう、そうだな。こいつは失敬』

咳払いの後、予期しなかった名前が耳に飛び込んできました。

『俺たちは、皆、金次郎なんだ』

入ってきた言葉と思考の歯車とが噛み合いませんでしたが、すぐにある有名人に思い当たりました。金次郎といえば、あの人しかいません。

「もしかして、二宮金次郎さん……ですか?」

『ザッツライト。アイアムジョン金次郎』

なんということでしょう。わすれもの室は教科書に載るような偉人にまで知られるようになったのです。

ですが、銅像がどうして電話をかけることができるでしょうか。わたしの心を見透かしたようにジョン金次郎さんは言いました。

『いたずらだと疑っているのは百も承知だ。今から証拠を見せるから、ちょっと待っててくれ』

なにやらゴソゴソと音が聞こえます。

『これでよし。スイッチオン!』

すると、電話の液晶画面がぼぉと明るくなり、ホログラムを映し出しました。画面の真ん中には横に並んだ3人の金次郎。そしてその後ろには何十何百という金次郎が寄り集まっていました。

「驚きました。まさか子どもの頃に銅像で見ていた金次郎さんとお話ができるなんて」

『ここにはいろんな金次郎がいる。右側にいるのが石原の金次郎、わかりづれぇがジーパンを履いている。左隣は、占いが得意なジュン金次郎。今日のこの時間なら繋がるとお告げをくれたんだ』

金次郎さんの専売特許である勤勉さを突き詰めると、それぞれの専門性が出てくるのかもしれません。

『さて、本題だ。俺たちのわすれものじゃあないんだが……』
と前置きして、
『探してほしいのはな、"思いやり"なんだ』

「思いやり、ですか」

思いも寄らない「わすれもの」を復唱しつつ続く言葉を探していると、ジョン金次郎さんが説明してくれました。

『俺たちがいるのは「金次郎パニッシュルーム」、いわゆる始末部屋だ。歩きスマホが問題になったとき、歩きながら本を読む俺たちもとばっちりをくらっちまった』

確かにいろいろな駅で注意喚起の放送を聞くようになりましたが、金次郎さんたちまでがそんなことになっていたとは。

「それは、とてもお辛かったことでしょう」

『まぁ今でこそましになったが、俺が来た時はそりゃあもうひでぇもんだった』

ジョン金次郎さんは始末部屋で起きたことを話してくれました。

『昔は良かったなんて言うつもりはさらさらねぇが、慌ただしさに人々は思いやりを忘れてしまったんじゃねぇかって思ったんだ』

ジョン金次郎さんのいう通りかもしれません。なんとかして金次郎さんたちの思いに応えたいのですが、どうしたものでしょうか。

ふと、書きかけの年賀状の束が目に止まりました。

「少し、わたしの経験を聞いていただけますでしょうか」

気休めかもしれませんが、少しでもお力になりたい。わたしはわすれもの室での出来事をお話ししました。

探しものの帽子を頭に乗せてきたうっかりなご婦人の話——

譜を探しにきて思い出の音に再会したピアニストの話——

わすれものの靴と共に幸せを持ち帰った灰かぶり姫の話——

クリスマスの夜にやってきた慌てん坊のおじいさんの話——

名前も知らない相手を思いながら作ったブラウニーの味——

そして、わたしの乾いた心を潤してくれた傘の花畑の話——。

わたしが話を終えるまで、ジョン金次郎さんは銅像のように黙って聴いてくれていました。かすかにすすり泣く声も聞こえてきます。

続けてよいものか迷いながらも、わたしは言いました。

「今朝、わすれもの室にその方々から年賀状が届いたんです」

四つ葉のクローバーを探し続けた青年からも——。

『そうか、ここに来るエヴリバディは思いやりの心も見つけているんだな』

年賀状がトドメだったのかもしれません。ジョン金次郎さんは目頭を抑えているように見えます。

『そろそろ時間だ。"わすれもの"を見つけてくれて、サンキューな』

すぅっとホログラムは消え、受話器からも声がしなくなりました。わたしは夢でも見ていたような心持ちで受話器を置きました。

ふと電話の横に置かれたハガキに気づき、一人笑みを浮かべました。「ハッピーニューイヤー」と書かれた温もりの残るそのおくりものを、わたしはずっと持ち続けるでしょう。

注記

途中「譜」の「楽」が太字になっていますが、原作の次の箇所に基づいたものです。読まれる際に強調する必要はございません。

わたしは受け取りの書類を一枚取り出し、 わすれものの品名の欄に「楽譜」と書き入れました。 楽譜の楽(がく)、楽しいという文字に多少力を込めて。

なくしたのは魂だった─さすらい駅わすれもの室「まいごの音符たち」
https://note.com/masakoimal/n/n7368432b3077

謝辞

タイトルについて助言をいただきました今井雅子先生、小羽勝也さんに感謝致します。

原作となる「さすらい駅わすれもの室」シリーズを生み出してくださった今井雅子先生に心からの謝意を表します。

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