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熟達のシナリオ思考家は地球の脅威と人類の希望についてこう見ている

多摩大学大学院グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021から(2) 

シナリオ・プランニングの未来

多摩大学大学院でこの10年ほど、シナリオ・プランニングのカリキュラムをワークショップ形式で行なっている。毎回、具体的なテーマを企業などから出してもらい、単にスキルを学ぶだけでなく、実践的な活用を意識している。
シナリオ思考家で元GBN(Global Business Network)共同創業者のジェイ・オグルビー氏に、グローバルフェローに就任して頂いたのは、氏が私のシナリオ・プランニングのメンターだから、という経緯もある(参考:氏と筆者の共著論文Scenario Planning: The Basics)。

「VUCAの時代」というキーワードが登場して20年ほど経つが、世界はますます複雑性・不確実性を増している。そこでいかなる戦略策定にも不可欠となっているのがシナリオ・プランニングだ。シナリオ・プランニングというと、変化要因を網羅して「最も重要で不確実な」要素を軸にした十字架(2×2)のマトリクスで複数のシナリオ世界を描き「未来に備える」といった手法のイメージが一般的だ。これはどちらかというと「簡易な」ツールとしてシナリオ・プランニングが活用される例で、こうしたツールを開発し、80年代から普及させたのが、ロイヤル・ダッチシェルのシナリオチームの元メンバーが創業したGBNだった(現在は他社に吸収されている)。

ただし、こういった手法はシナリオ思考の一部だ。たとえば 2×2マトリクスや定められたプロセスを利用する手法は「演繹的アプローチ」といえるが、逆にこうした枠組みを持たずに対話的・探索的にシナリオを策定する「帰納的アプローチ」もある(拙著『イノベーション全書』第7章「世界を創る」を見てほしい)。
また、「未来に備えてシナリオをどこかにしまっておく」といったスタイルは古典的な活用の部類に属する。今は、①シナリオを活用してイノベーションのためのホワイトスペース(未知の機会領域)を発見したり、②社会課題解決とりわけ対立解消の対話の手法として用いたり(たとえば、アダム・カヘン著『未来を変えるためにほんとうに必要なこと』)あるいは③企業の目的(大目的や駆動目標と技術のマッチングなど)の検討に用いる、などシナリオ思考活用の幅は広がっているといえる。いずれの場合も根幹になるのは「もしも」(what-if)という問いから始まる日常からのものの見方、考え方といった、シナリオ思考だ。

「シナリオ・プランニングと地球温暖化の脅威」
今回グローバルフェロー公開セミナー「Innovate for Impact」2021では、ジェイ・オグルビー氏に、シナリオ思考のスピリットや最近の関心事を語ってもらった(第一回レビューはこちら)。
氏はシナリオプランナーとして、ロイヤル・ダッチシェル(現在はシェルに社名変更の方針:最近の動きについて筆者が触れている)の石油シナリオ、クリントン政権時の米中関係シナリオなど多くのプロジェクトに関わった。

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「シナリオ・プランニングが重要かつ有効なのは、多くの企業や政府の戦略が一点集中型の予測や見通しに偏っているからだ。不確実な現実に直面した時それらの予測は失敗する。そこで複数の未来の必要性が生まれる。ただし、誤解されているが、シナリオは戦略ではない。戦略のためのコンテクスト、文脈・背景である。」

一方、ほとんどのシナリオ・プランニングでは、根本的な不確実性をもとにした多くの代替可能なシナリオをつくる。しかし、オグルビー氏は、そこで「あらかじめ決められた要素」(pre-determined elements)と呼ぶカテゴリーがあることも見逃してはならないという。これらは見えないバイアスや思考の落とし穴となることも多い。
「たとえば人口問題はそのひとつだ。たとえば私自身も最初はカリフォルニア州の公教育のためのシナリオで気づいたことは、白人が多い教員と有色人種の多い生徒の間の人種的なミスマッチという非常に重要な要素を見逃していたが、これは10年くらいの範囲でいえば人口動態的にわかっていたことだった。」
そしてもうひとつの「あらかじめ決められた要素」がジオエンジニアリング(Geoengineering 気候工学)の要請だという。ジオエンジニアリングとは工学的・人為的に気候を改変する技術や手法の総称で二酸化炭素やメタンの回収・除去、太陽放射の管理などを指す。
「過去40年間つまり1980年以来、北極の氷冠は10年で約13%の割合で縮小しています。この速度では、夏期には氷がないかもしれません。2035年頃にはまったく氷がないかもしれません。」
「その時点でアルベド効果が失われます。アルベド効果とは北極の氷が太陽の光を成層圏に反射して、地球をあまり暖めないようにする効果のことです。もし、氷冠が消滅してアルベド効果が失われたら、海にはより多くの太陽光が入ります。そして海を暖め、海は空気を暖めます。そして、シベリアのツンドラ(冒頭の写真:シベリアのツンドラ地帯)に閉じ込められている多くのメタン(CH4)が放出されます。メタンは地球温暖化を引き起こす二酸化炭素の何倍も有害です。氷冠の縮小とメタンの放出は、相互に自己強化的な暴走プロセスなのです。私たちの終焉につながる可能性があるのです。」ちなみにメタン自体は通常人体に有害ではないが地球温暖化係数(WGP)は、二酸化炭素(CO2)の20倍以上だ。

<アルベド効果>(北極海の氷は反射率が高い)

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新たなグローバリゼーションの「創発」
では、オグルビー氏の指摘のとおり、アルベド効果などに対応するジオエンジニアリングへの取り組みが今世紀において「あらかじめ決められた要素」だとすれば、どのようなシナリオが描けるだろうか?
「ジオエンジニアリングによる地球規模の挑戦は必ずしもすべてによいわけではないでしょう。他の場所よりも恩恵を受ける場所もあるでしょうが、より災害に見舞われる場所もあるでしょう。それはわかりません。しかし、勝者もいれば敗者もいるということはよくわかります。さて、敗者が出るという問題は、敗者にどう対処するかという問題を提起します。どのような機関、どのような政府が敗者を補償し、主要なジオエンジニアリングに着手できるようにするのでしょうか?ここで、あらためてグローバリゼーションの問題が出てきます。」
「私が思うには、今、世界が求めているのは、グローバルな、しかし中央機関(メタファーとしてのブリュッセル)のないグローバリゼーションだということです。政府に属さない世界的なグループ、例えば、国際原子力協会、世界保健機関、パリ協定、オリンピックなどが挙げられます(その下部組織のひとつであるFIFAは問題を抱えた国際組織ですが)。これらの世界的な組織の多くに目を向けることは意味のあることなのです。」
「こうした何百もある世界的なグローバル組織が中央機関を介さないで協力する、そのことで新たな世界秩序が出現する。これを私たちは目の当たりにしているのではないかと思うのです。ここで私は、『創発』(出現、emergence)という言葉を重要な意味で使っています。創発という概念は、低レベルのシステムから、高レベルのより複雑なシステムが出現することを意味しています。」

創発の条件としての自律性の放棄?
トランプ前大統領の登場やブレグジットなどによって80年代から続いた市場のグローバリゼーションが頭打ちとなり地域ごとの保護主義的な傾向が見え、「グローバルからローカルへ」といった言葉も生まれたが、それが未来を決めると判断するのは早計かもしれない。こういった事象は従来の国家や強大な多国籍企業の力の減衰を意味するかもしれないが、新たなグローバリゼーションの出現もありえると考えるほうがよいのだろう。ただし、こういった新たな世界秩序のためには制約条件がありそうだ。
「生命の起源における創発理論の特徴は、単細胞生物から高等生物が誕生するためには、単純な要素の一部に自律性の放棄が必要であるということです。」
「これはまさに、私たちがグローバルな組織の中で手に入れようとしているものだと思います。最近では、G20のリーダーたちが2日間かけて議論したことが、その好例だと思います。リーダーたちが2日間かけて法人税を下限15%に抑えるべきだという合意に達したのです。つまり、より多くの企業の本社を誘致するために、各国が法人税を下げ続けるという競争が起きているのです。しかし、そうすると、どの国でも教育や医療などの公共事業に回すお金が減ってしまうのです。」
「また一方では、そうすることによって敗者が生まれてしまうでしょう。ハンガリーやアイルランドは税率が非常に低く、もし15%に引き上げなければならないとしたら、経済はひっくり返ってしまうでしょう。つまり、これは敗者にどう対処すべきかを示す実例なのです。G20はハンガリーやアイルランドに何らかの補償をする方法を考えなければ、15%プランには賛成しないでしょう。このような問題は、気候変動にどう対処するかという問題と密接に関連しており、勝者と敗者を生み出すジオエンジニアリングの問題でもあると思います。」

希望の都市
ここまできてこの「新世界秩序創発」シナリオは必ずしも明るいものではないとも思われるが、オグルビー氏は最後に次のように括った。
「ガイア・ヴィンスは『人類が変えた地球: 新時代アントロポセンに生きる』という本で私たち人類の真に特徴的な点は、協力する能力であると指摘しています。狩猟採集、部族、村、町、都市へと、より複雑な人間の組織が出現してきました。彼女は、文化は進化し、複雑さを増し、私たちを賢くすると言います。」

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「一方ではここ数十年の間に多くの心理学実験が行われてきました。それによると、人間が基本的に協力的であるというのは、単純に言って事実ではありません。人間は必ずしも相互に協力し合うものではないともいえる。不確実だからこそ、『十分に協力し合う』ことで未来が創発するというシナリオが意味を持つ、ということなのです。」

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なお同氏のレクチャーは下記日時で開催された。
2021年9月18日(土)AM9:30〜AM10:30
「シナリオ・プランニングと地球温暖化の脅威」
[メインスピーカー] ジェイ・オグルビー博士(Jay Ogilvy, Ph.D,)。アメリカの哲学者であり、シナリオ・プランナー、未来学者。
グローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)の共同設立者。GBNは戦略立案のための最も一般的なツールとして世界で活用されているシナリオ・プランニングの方法論と実践を普及させるための知の中心となった。GBN以前は、イェール大学で哲学者として教鞭をとったのち、SRIインターナショナルのValues and Lifestyles Programのリサーチ・ディレクターを務めている。
氏には『Creating Better Futures』、『Facing the Fold』、『Essays on Scenario Planning 』、『China's Futures』など多数の論文・書籍がある。
ジェームズ・オグルビー氏紹介 Wikipedia
[パネリスト]エリック・ベスト氏(シナリオ・プランナー)、紺野 登(多摩大学大学院 教授)
[モデレーター]河野 龍太 (多摩大学大学院 教授)

(続く)

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