1995 泥沼の加工ライン(株式会社藤大30年史)
1995年 泥沼の加工ライン
「できるわけないやん!」
ハルコは夫の提案に呆れた。
集配に少し慣れてきたタイミングで、夫の仕事に新しい動きが出てきた。工場内に新たな加工ラインを立ち上げ、生産ルートを増やそうというのだ。業績が上向く展開は喜ばしいが、問題はその中身だ。
夫が工場の一部を間借りして、半分自営業のような形で新しい部署を立ち上げるということらしい。初期投資の費用はかかるし、当然仕事量も増える。今の藤田家にそんな余裕はない。
「借金して、今より忙しくなるなんて、できるわけないやん」
ハルコは断固反対した。
そもそも集配の業務ですら、恩返しと申し訳なさの気持ちで成り立っている。ハルコからすれば、本当は子どもとの時間を大切にしたいし、本業の美容師の仕事に打ち込みたかった。夫が仕事をがんばる分には反対しないが、余分に資金がかさんだり、自分の負担が増えたりするのは避けたかった。
「仕事は頼まへんから、集配だけ手伝ってほしい」
当然、夫もハルコの負担はわかっている。新しい仕事も自分で何とかしようと考えていた。決してハルコや家庭に負担をかけたいわけではない。
だからハルコに心配をかけないように、無断で借金をつくってきた。
(なぜそうなる)
今までですら、ハルコが手伝うことでどうにか成り立っていたのに、新しい事業部を立ち上げて回るはずがない。はじめの方こそ、夫は友人の力を借りて夜遅くまでがんばっていたが、ほどなくハルコにもしわ寄せがきた。
集配をしていると、客先に出向くのはハルコである。
「この前納品してくれたやつ、どうも不具合多いわ」
たとえ専門的な知識や技術は持ってなくても、指示や注文は聞く責任がある。理解が追いつかないまま、それを持ち帰って夫に報告する。
「ああ、それはかまへんかまへん」
しかし客先の指示を伝えても、夫は悠長に構えている。製造現場ではよくなることなのか、工場の加工ラインと納品先の現場の温度感にはギャップがあった。客先の気持ちをダイレクトに受け取っているハルコからすれば、この「伝言役」は心苦しかった。
「かまへんで、すまへん!」
ハルコはますます泥沼にハマっていった。
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