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町の楽しいルール:高いところから眺める

……人々の願望が創り出した町、加美原町。
この町の住人は発想を広げることが好きだ。
今日も「これから」を考える一日が始まる。

一番見晴らしの良い高台には、「寄り合い所」がある。

寄り合い所では、いつも町の運営について話し合いがおこなわれる。

なぜ高いところに建てられたのか?
そこには、住人同士の議論から生まれた知恵があった。

「話し合い」は、だいたいいつも白熱した。

まだ寄り合いが町の酒場や地主の屋敷でおこなわれていた頃。
「これから」についての話し合いは、いつも主張がぶつかり合っていた。
どんな町をつくっていくか、どんな生活が望ましいか、
話し合う時のみんなの主張は、だいたいこんな感じだ。

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「町っていうのは、みんなから認められた人が町を治めるとうまくいくんだ。縁や恩で助け合うのが人の世ってものさ」

「いや、縁を大事にしすぎると、しがらみや腐敗につながる。厳格に基準やルールを定めて運営すべきだよ」

「いいえ、男の人は理屈で考えすぎよ。もっとみんなの意見や個性を尊重して、平和に話し合いましょう」

「それも素敵だけど、そもそも人間は自然の産物でしょ。もっと自然と共に生きる方が、心に無理がなくていいわ。」

「そんなフワッとした議論では話にならないね。町とは? 縁とは? 平和とは? 議論は言葉の定義から始めるべきだよ」

「こんな狭い町だけで議論してもダメよ。時代はグローバル、もっと外の世界に目を向けないと、時代に置いていかれるわ」

どの意見にも一理あるから、一概に否定できなかった。
どの意見を戦わせても、じゃんけんのように優劣があった。
時を変え、場所を変えても、議論は平行線をたどった。

決着がつかない議論は、多数決で決めるしかない……そう諦めかけた時、歴史が動いた。

ある日、酒場で開かれていた寄り合いを、旅のおじいさんが聞いていた。
おじいさんはしばらく様子を見ていたが、議論が進まない様子を見て、遠慮がちに割って入った。

「すみません、旅の者です。何やら楽しそうな議論が耳に入ってきたので、少し聞かせていただきました。私からも一つ意見してよろしいでしょうか」

突然の予想外の介入に、みんなの議論の声が止まった。
おじいさんの様子が慎ましく丁寧だったので、みんな警戒はしなかった。
すぐに「せっかくだから聞かせてもらおう」とみんなが同意した。
おじいさんは場の空気が静まったのを確認して、一言こう言った。

「その手の議論は、はるか昔、中国の頃から変わっていないんですよね」

おじいさんは、そのままその話に解説を加えた。
「中国の春秋戦国時代の諸子百家と呼ばれる人たちが、まったく同じ主張をしてたんです。それを知れば、もう少し冷静に議論できると思いますよ」

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・人の徳で国を治めよう:儒家

・ルールで国を治めよう:法家

・平和を大切にしよう:墨家

・自然と共に生きよう:道家

・概念を明確にしよう:名家

・他の国とつながろう:縦横家

おじいさんは一通り解説を終えると、最後にアドバイスとして一言添えた。

「これからに熱くなるのも大事ですが、これまでからも学んでみてはいかがですか?」

一連の解説を終えると、おじいさんは「では、私はこれで」と会計を済ませて酒場を出ていった。
あとはみなさんにお任せします、と言われているようだった。

おじいさんが酒場を出てから、しばらく沈黙が流れた。
「自分の意見は新しい」と思っていた誰もが、ちょっと恥ずかしくなった。

まさか、すでに二千年以上前から同じ議論がされていたなんて!

それからというもの、寄り合いで議論する時は、広い視点・高い視点で考えながら意見を出すようになった。

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自分の意見を押し付ける前に、相手の主張にしっかり耳を傾ける。
自分の経験だけで判断せず、歴史や過去の事例も参考にする。
一つの主張にこだわりすぎず、議論の全体像を眺める。

こうしていつしか、住人たちの共通認識ができていった。

みんながお互いの主張を尊重しあうようになったから、議論はどんどんスムーズになっていった。
町の寄り合いも、町の「これから」を決める場としてますます尊重されるようになっていった。

そんな成り行きで、新しく「寄り合い所」を建てる時には、高く広く町を見渡せる場所に建てよう、ということになった。
そこでは、今日も「これから」を話し合うべく、熱く温かい議論が繰り広げられている。

今では、議論が深まる時は、必ずいつも誰かがこう問いかける。

「高いところから見たら、この議論はどう見える?」


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