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2014② 改善から飛躍へ(株式会社藤大30年史)

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 「社長、問い合わせがきています」
 この年の夏、転機は意外なところから訪れた。

 取引先であるホッコー株式会社の計らいで、ハルコは中国へ出張することになった。製品を作る工場が上海、大連、蘇州にあり、外注先の経営者全員を工場見学へ案内するというのだ。現場の仕事続きで旅行などまともにできなかったハルコは、出張とはいえ解放感に満ちていた。
 その出張中に、国際電話で社員から連絡が入った。通常業務の連絡なら、わざわざ国際電話はしない。何かトラブルがあったのか心配になりながら、ハルコはホテルの電話を取った。

「社長、新規取引のお問い合わせがきています」
「どこなん?」
「京セラさんです」
「京セラって……あの京セラ? ホンマなん?」
「ホンマです」

 創業時の内職から仕事をもらっていたPanasonicと違い、大手企業の方から連絡が来ることなどまずない。大手と取引をするには、通常は長期的な営業活動が必要だ。先方から、しかもウェブサイトを見て、取引の問い合わせが来るなどハルコは想像もしていなかった。
「なんでなん? ホンマに取引してもらえるの?」
「再来週、太田工場に来社される予定になっています」
 あまりの急展開に、その後の中国出張は気が気でなかった。

 帰国後、ハルコは京セラとの打ち合わせを重ね、何のトラブルもなく取引がスタートした。求められるクオリティは高かったが、藤大の顕微鏡検査の品質は十分に通用するものだった。京セラからの評価は一貫して高く、「品質への取り組みと安定感があり、安心して任せられる」と評されたことは、これまでの改善の積み重ねの賜物といえた。
 この取引によって、ハルコたちの自信になった出来事がもう一つあった。大手企業が新たな取引をおこなう際、第三者機関を使って相手企業の調査をおこなうことがある。財務や法務に不備がないか、反社会的な要素がないか、取引のリスクとなる要素を徹底的に取り除くためだ。
 藤大にも、帝国データバンクによる調査が入った。(厳密には調査の依頼主は非公開だが、考えられる企業は一社しかない)当然問題がないから取引が開始できたわけだが、この時の調査担当者からも藤大の経営は概ね高評価だった。後年、帝国データバンクが発行する機関紙の企業紹介コーナーでも藤大のことを取り上げてくれた。
 京セラとの取引は2021年まで続き、現在は区切りを迎えている。しかし、京セラからつながった関連企業との新たな取引は今も続いている。よほどの信頼がなければ、この業界でそんな展開はない。自分たちの検査技術が大手企業にも通用したことが、ハルコたちは何より嬉しかった。

 新たな取引が始まったことによって、この年は人もモノも大きく動いた一年となった。社内の体制としては、派遣社員だけでなく正社員や監査役の登用も実現した。
 一人は後の取締役となる○○さん。消防で働いた経験を活かし、藤大のリスクマネジメントに大きく貢献してくれた。もう一人はPanasonicのOBの西野さん。もともと担当者として対応してもらっていたが、早期退職して他の会社へ転職する話を耳にした。ハルコはここぞとばかりにつなぎ止めようと交渉した。

 「西野さん、京都市内へ通勤するの大変ですよ。うちなら今までと一緒ですよ? うちはこれからもっと品質を強化したいので、今までの経験を活かして一緒にやってもらえませんやろか? 今さら京都市内へ行かなくても、うちでええですやん」
 品質保証部で実績を積んだ西野さんが入社したことで、藤大に対するPanasonicからの信頼は大幅に上がった。社内体制は着実に育まれていった。そしてこの年、念願実現できた大きな出来事があった。

 「やめた方がええんちゃうか」
 5年前、千代川工場を手放す直前の時期、社内外からは加工部門に対する疑問の声が上がっていた。以来、加工部門は常に赤字を出し続け、検査部門の黒字によってカバーされてきた。ひたすら足を引っ張り続けていると見られてきた加工部門が、ようやく黒字に転じたのである。
 決して、この年の新たな打ち手によって利益を生み出したのではない。これまで取り組んできた仕事の改善が、ようやく実を結んだのである。立ち上げから7年、「飛躍」と呼ぶにはあまりにも地味な改善の連続だった。本来の飛躍とは、実はそういうものである。日々の地道な改善と積み重ねが、ある時点で突如として飛躍に変わるのだ。
 「どうやって赤字部門を黒字化したのか?」 どこには奇跡の瞬間もドラマも存在しない。今日できる改善を、やり続けることしかない。
 ハルコは決算書を眺めながら、ここに至る7年を思い返していた。頭の中に、かつてハルコがみんなに呼びかけた声こだましていた。

「何のために加工グループを立ち上げ、工場を建てたんか。時代の変化に負けへんためや。せやのに、利益が出せへんからといってやめてしもたら、取り残されるだけやろ。よその会社は利益を出してるのに、なぜうちだけ同じことができひんのか。
 それは、うちの能力が低いからや。やり方が悪いからや。うちに原因があるのに、それでやめるのはおかしいやろ。利益は必ず出せるはずやねん」


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(制作元:じゅくちょう)


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