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2016 未来への布石(株式会社藤大30年史)

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 「フジテックス」から「藤大」に社名を変更して以降、ハルコは考えていたことがあった。
(せっかくなら、何かやりたいなあ)
 社名を変えたのは、イメージ戦略の一環である。「フジテックス」では電子部品の会社のイメージが強くなる。「藤大」なら、業種のイメージがないから自由に挑戦できる。「自分たちの可能性に大きくチャレンジできる会社でありたい」という願いを込めてつけた社名だった。みんなの想いをカタチにできる事業を生み出したい、というのがハルコの考えだった。
 この時期は経営者としての学びも深まっていた時期で、中小企業家同友会では報酬や待遇に関する公正な評価を目指す動きが強まっていた。藤大に置き換えて考えるなら、「人事評価制度」の導入である。
 ハルコはなるべく従業員と膝を突き合わせて話したかったが、この頃にはすでに80名を超える従業員がいた。一日一人面談を実施しても、一巡するまでに四ヶ月かかってしまう。みんなの働き方を見直すにも、未来に向けて何か新しいことを始めるにも、時間の調整が必要だった。

「会社で何かしたいことない?」
 深く話し合うことはできなくとも、せめて想いやアイデアは引き出したい。ほんの小さな意見でもいいから、これからの藤大にふさわしい新たな変化をハルコは期待した。打ち合わせの合間、取引先への同行、仕事終わりのあいさつ……ハルコは合間の時間を見つけて意見を募った。従業員もそれに応えて想い想いのアイデアを出した。
「いつか自分たちでものづくりをしてみたいです」
「これからはやっぱり若者にウケるものが必要じゃないですかね」
「亀岡の特性を活かして、まだ亀岡にないものを作りたいです」
 いろんな意見が出てきたことで共通点が見えてきた。従業員の中にも、自分たちで何か新しいものを創り出したいと考える者がいた。これまで100%下請けで仕事をしてきた藤大だからこそ、オリジナルの何かがほしいという想いがあった。検査や加工以外の技術は持ち合わせていないとしても、自分たちの可能性に挑戦したい気持ちは同じだった。

 それはハルコにもう一つの懸念を思い起こさせた。
「お母さん、ちょっとこれから出かけてくる」
「あんたこんな時間にどこ行くの?」
「友だちと五条のスタバ」
 仕事終わり、娘がスタバに行くためだけに京都市内へ出ることがたまにあった。老ノ坂峠を越えて車で40分、若者たちの間では珍しいことではないらしい。彼女たちの目線で見ると、亀岡には好んで過ごせる場所があまりに少なかった。娘はもちろん、いずれ未来を託す若者たちを惹きつけるものがないのは悲しい。亀岡にないものを生み出せないかハルコは苦心した。

 それからハルコたちの試行錯誤が始まった。
 知人の紹介で白キクラゲの栽培を知ると、奈良の五條へ。近畿大学の研究やコンテナ栽培の現場を視察し、事業化を練ってみた。
「まったく別業種に挑戦してみるのもおもしろいかもしれへんやん」
取引先へ納品に行く車中では、同行した従業員とともに、アイデアを出し合った。
「キッチンカーは手軽で良さそうやな」
「工場の駐車場でピザの実演販売もおもしろそうです」
「亀岡は高齢化が進んでるし、まちの便利屋さんみたいなことやってもええな」
 アイデアを出し合っている時に想像する未来は希望に満ちていた。

「……それ、苦労してまでいる?」
 しかし時が経つほど現実が見えてくる。話している時はワクワクしたアイデアも、後日他の人と話してみるとそうでもない。知り合いの経営者と意見を交わしても、事業化を決断する決め手はほとんど見つけられなかった。アイデアの実現と向き合うほど、現実と向き合うことになった。
「ゆーてる場合じゃない。本業をしっかりせな、やりたいこともできひんやん」
 やがてハルコは落ち着きを取り戻し、冷静に考えた。今すぐ大きく舵を切れるほど、藤大は盤石ではない。いずれは新たな事業を生み出し、時代や世界の変化に乗っていくことは必要だとしても、今すぐじゃない。来たるべき日に備え、今は目の前の事業と向き合うことが大切だ。ハルコははやる気持ちを抑え、改めて本業に集中することにした。

 結局この時期に考えたことは、どれ一つとして実現しなかった。それでもハルコたちにとって未来を模索することは大切だった。
「藤田さん、前は楽しそうに話してたのに、最近はおとなしいですね」
 顧問弁護士からも、この時期はいろんな意見をもらうことがあった。
「ええ、本業の柱を太くしておかへんと、やりたいこともできませんから」
「夢は語るからこそ実現しますよ。まだ形にならへんとしても、語ったらええやないですか」
 この頃の奮闘がやがて新たな事業につながっていくことを、この時はまだ誰も知らなかった。

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(制作元:じゅくちょう)



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