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ワインとソムリエ:敷居は低く、評価は高く

この物語の主人公は、「ソムリエ」の柴田さんと、「ワイン」です。

柴田さんは、もともとワインが好きだったわけでもなければ、ソムリエを目指していたわけでもありません。
大学卒業後に入社したホテルで、フレンチレストランに配属になったことが、出会いの始まりでした。

「せっかく仕事で扱うのに、知らないのはまずいよな……」
仕事へのプロ意識から、半分義務感でワインを学び始めたのが、物語の始まりでした。

ソムリエの旅は、地道な勉強から

・レストランのワインの説明書きをきちんと読む
・人と飲みに行く時もワインをオーダーする
・本やネットで知識を取り入れる
・ソムリエの資格を持っている人の話を聞く

真面目な性格も後押しして、柴田さんは勉強を重ねていくうちに自分でも資格を取ることにしました。

「ワインって、こんなに種類あるの!?」
実際にプロとして学び始めると、最初は情報量の多さに圧倒されました。

ブルゴーニュ、ボルドー、プロヴァンス、シャンパーニュ……
フランスだけでもたくさんの地域でワインが生産されています。おまけにブドウの品種も名前からして複雑で、赤と白で品種も違います。

Pinot Noir(ピノ・ノワール)
Tempranillo(テンプラニーリョ)
Chardonnay(シャルドネ)
Sauvignon Blanc(ソーヴィニオン・ブラン)

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「……読めるかっ!」
義務感だけでは挫折しそうで、改めてワインの敷居の高さを感じました。

ただ、実際に学び始めて気付いたことがありました。

ワインは、とても「繊細」な飲み物です。

産地の気候、湿度、土壌……とにかく条件が少し変わるだけで、香りや味に違いが出ます。同じ産地でも、降水量や気温によって差が出る上に、管理の仕方でも味が変わります。

フランスの一地方だけでも違うのに、これが「ワインベルト」と呼ばれる寒冷な気候帯へと広がっていきます。

チリ、アルゼンチン、オーストラリア、日本……地域によって違いが生まれる飲み物に、柴田さんはロマンを感じました。飲み物としても美味しいし、「物語」としても美しい。それがワインを学んで気付いたことでした。

レストランへの配属から4年、知識と経験を積み重ねた柴田さんは、晴れてソムリエになりました。

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ワインの繊細さは、人の繊細さに通じるところがあります。

食事の席で緊張をほぐし、会話を弾ませ、つながりを生み出す。人と一緒に楽しむワインは、コミュニケーションのツールとしても役割を果たしてくれました。

コルクを抜くと、ワインが空気と触れ合い、芳醇な香りが漂います……

その空間には、味覚や嗅覚を満たす食事以上の「何か」がありました。ワインを片手に、人のつながりやふれあいを演出するソムリエという仕事は、心の琴線に触れる仕事のように柴田さんには感じられました。

「なんで、こんな楽しい世界を今まで知らなかったんだろう?」
義務感から学び始めたワインは、いつしか柴田さんのライフワークになっていきました。

そして、その疑問が後の柴田さんの人生を大きく動かしていくということを、この時はまだ知りませんでした。

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ソムリエとしての仕事にも、広がりがありました。

格式高いホテルのレストラン、カジュアルな飲食店、ワインを取り扱う輸入商社……さまざまな場面でソムリエとしての知識やスキルが活かされ、改めてワインとソムリエの可能性を感じました。

ただ、知れば知るほど、柴田さんは疑問を感じずにはいられませんでした。

「なんで、こんな楽しい世界が伝わっていないんだろう?」

ワインは気軽に楽しめて奥が深い飲み物です。もっと気軽に親しまれても不思議ではありません。しかし、自分も含めてまわりの人もあまりにも知らなさすぎます。全然知らない素人と、やたら詳しいマニア、ワインへの認知度は極端に開いていました。

「ワインだけは全然飲めなくて……」
「好きだけど、違いはよくわからないんだよね」
「オシャレだから、敷居が高い感じ」

友だちと飲みに出かけても、カジュアルなお店で勤めても、ワインが敬遠される場面に何度も出会いました。

おまけに、世間は少し「お酒離れ」の雰囲気……ビールやハイボールより度数が高い分、ワインは余計に「特別な飲み物」に見られているようでした。

疑問が晴れないまま、働く日々が続きました。

「今度、世界的に有名なソムリエのワイン会があるらしい」
勉強になる機会があれば、どうにかして予定を作って外の世界へ。

「海外支店の立ち上げに参加してくれないか?」
社内で腕を見込まれて、上海の新規立ち上げへ。

「子どもができたら、夜と休日は家族と過ごせた方がいいな」
妻の出産を機に、飲食店の一線を退いて商社へ。

ソムリエとして働くキャリアが長くなっていくことで、柴田さんにようやく少し「現実」が見えてきました。

ソムリエは、テレビでもてはやされるほど、世間では評価されていません。ごく一部の人だけが有名なだけで、大半のソムリエは地道に現場の仕事に追われていました。

おまけに、飲食業界はそもそも重労働の割に薄給です。家庭を持つには割に合わず、泣く泣くソムリエの仕事を諦める人も少なくありませんでした。

ソムリエとして有名になったり高給取りになったりするには、ホテルや高級レストランに勤める必要があります。が、そういうところはすでに優秀なソムリエがいたり、そもそも働く敷居が高かったりします。

多くのソムリエが評価され、世間にワインの価値が伝わる余地はあまりないように思えました。

「あの人の接待と提案は、フランスのソムリエにも劣らないのに……」
ホールスタッフと同等に扱われてしまうソムリエを見て、日本の飲食業界に哀しくなる時もありました。

ソムリエが地位ある職業として評価されず、ワインに詳しい人だけがマウントを取るばかりでは、日本で楽しいワイン文化が育つことはありません。

「どうしたらもっとワインが親しまれて、ソムリエが評価されるだろう?」

答えのない問いを探しながら、柴田さんは商社で働き続けています。飲食店やワインを取り巻く歪な構造は、一人で変えようと思ってできることではありません。それでも、柴田さんに諦めの気持ちはありません。

「ワインの品種に比べれば、ソムリエの働き方はシンプルなはず」

ワインの繊細さに見合う働き方が、どこかにあるはず。

ソムリエとして勉強し始めた頃を思い出しながら、柴田さんは「働き方」を学び始めました。

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・初めてワインを飲む人でも楽しめる試飲会を企画する
・友だちのホームパーティーや飲み会に合うワインを提案する
・知り合いのソムリエを飲食店やイベントに紹介する

できることから、柴田さんはワインとソムリエの価値を高められそうな取り組みを始めました。手探りで小さなことかもしれませんが、ワインだってもともとは小さな苗木からブドウが育っていくのです。

「繊細なワインを扱うからこそ、ソムリエも繊細に働けないとね」

ワインを楽しむ敷居は低く、ソムリエが働く評価は高く。

柴田さんの仕事への想いも、ワインのように少しずつ熟成しているのかもしれません。(To be continued…)

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(執筆責任:勉強を教えない塾福幸塾)


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