プロのプロデュース(後編)
(前編はこちらから)
……三週間が過ぎた頃、各社から返事がきた。
「弊社で求めているモデル像とはかみ合いません」
想定していた通り、厳しい現実を突きつけられた。
「彼女たちの魅力をもう少し端的に表現してください」
会ってみないと見えない魅力を伝えるのは難しい。
「お客様のご要望にお応えするのは難しそうです」
仕事となれば、絶対お客様のご要望にお応えできるのに。
反応は想像以上に悪かった。
このままではまったく仕事にならない。
サナはすぐ各社に電話をかけた。
「仕事すればきっと魅力がわかるはずです」
「すみませんがゆっくり吟味できる時間はありません」
「ガッツはあるんです。ぜひチャンスを」
「選ぶのはお客様ですからねえ……」
「それじゃあ聞くけど、彼女たちの魅力を一言で言うと何?」
「それは……」
言葉に詰まったことが悔しかった。
プロデュースしているサナでさえ、彼女たちの魅力を表せなかったのだ。
仕事がもらえた企業はゼロ。
これまでのサナの実績や信頼からはちょっと考えられなかった。
明日の夕方は、彼女たちに結果を伝える予定になっている。
オフィス街に背を向けるサナの足取りは重かった。
「まだ始まったばかり、これからですよ」
次の日、意外にも彼女たちの反応は明るかった。
開口一番にサナを励ましたのは、情熱のあるカスミだ。
「ご自身の仕事のかたわら、すごく支えてもらってます」
いつもは弱気に見えるセイコも、労いの言葉は温かかった。
「こういう時期を耐えて、飛躍した時が楽しみですね」
知性の高いユキは、成功した未来を描くのが好きだった。
キャリアとしては、まだまだ半人前のモデルたち。
それでも周囲の声に折れることなくレッスンを続けてきた。
その逆境に耐える精神力と情熱は間違いない。
こういう子たちに、この業界の未来を担ってほしい。
仕事さえもらえれば、きっと彼女たちはうまくやる。
見た目の華やかさより、心の強さが大事なんだから。
サナは気持ちの糸が切れないように、胸元で拳を握った。
スタートラインにさえ立たせてあげられない現実が悔しかった。
このまま終わらせるわけにはいかない。
そう決意してオフィス街を抜けていった。
繁華街に差し掛かった頃、女子高生たちの行列が目に入った。
「え、かわいい! これ映える!」
今年はカジュアルでカラフルなドリンクのお店がブレイクしている。
体に気を使っているサナからすれば、まず手を出さない飲み物だ。
見た目が可愛いだけの、体には決してよくない飲み物。
サナはふと立ち止まってまわりを見渡した。
赤い文字が目立つ看板。
緑と黄色に輝くネオン。
青白い蛍光灯の群れ。
街は自己主張の強い広告であふれている。
見た目。見た目。見た目。
どこもかしこも、競争は第一印象ばっかり。
価値って見た目で決めるものなの?
そう思った瞬間、怒りと悲しみが同時にこみ上げてきた。
それは世間に向けたものではなく、自分への絶望だった。
私も、そうだったじゃない。
見た目で選んで、買い物してきたじゃない。
きれい! かわいい! おいしそう!
見た目がパッとしないものなんて、存在していないも同然だったじゃない。
ゆっくりなんて考えてられないくらい、世の中は物にあふれていた。
その世界で、見た目を重視していたのは、他でもない自分だったのだ。
現実が自分に跳ね返ってきて、決意したばかりの心が一気に揺さぶられた。
よくよく見渡せば、街の中にも魅力はたくさん溶け込んでいる。
地下にある老舗のジャズ喫茶。
古いビルにひそむ小さな出版社。
地面に埋まっている水道管やガス管。
見えない人たちのがんばりがあって、この社会はまわっている。
世間の目も、自分の目も、大して変わらない。
いろんな現実が見えてくるほど、目が潤んで足元が見えなくなった。
帰宅ラッシュの人混みの中、誰もサナの涙なんて見てなかった。
家に着くと、サナは静かにマモルに電話した。
「もしもし……ちょっと、ごめん……」
「どうしたの?」
マモルの声を聞いたところで、気持ちの糸はプツンと切れた。
「ダメかも……」
自分が情けなくて、それ以上の言葉が出なかった。
「大丈夫、待つよ」
遠く隔たれた二人の間に、長い沈黙と涙が流れた。
「ちょっと、充電するね」
……ガサゴソ……。
「ふう。ありがとう。ちょっと落ち着いたわ」
電源をつないだところで、ようやく少し気持ちが切り替わった。
「最近がんばってたから、疲れも出てるんじゃない?」
「そうかも。体もボロボロだわ」
そういえばここ数ヶ月、仕事とレッスンと営業であまり休めてない。
「落ち着いたら、久々に温泉でも行こうか」
ありきたりな提案だけど、今のサナの心には温かかった。
しばらく雑談が続いて、サナはようやく平常心を取り戻した。
「だいぶ落ち着いたわ。ありがとう」
「それならよかった。サナの魅力は笑顔だからね」
「ほんとに……でも思いっきり泣いたから、メイクがぐちゃぐちゃよ」
「大丈夫、俺には見えてないから。でも、サナの声はちゃんと聞こえてる」
「そうね。声だけは元気に……」
言いかけて、サナは何かひらめいた。
「……サナ? どうかした?」
「……見えなきゃ、いいのかも」
ひらめきは連鎖する。そして、次々とアイデアを生み出す。
さっきまでの絶望が嘘みたいに、サナの心に希望が蘇ってきた。
「マモル、ありがとう!」
一言だけ伝えると、サナはあっさり電話を切った。
そしてそのまま急いで彼女たちに電話をかけた。
「来週から、レッスンの内容を変更するわ」
詳しい内容は誰にも言わず、サナの秘密のレッスンは始まった。
そしてそこから、モデルの卵たちの孵化が始まった。
「森とか山とか、小さな子どもとか、ほんと癒されます」
いつも弱気だったセイコは、大好きなことの話になると顔がパッと晴れた。
「みんなと一緒じゃなきゃダメなんて、生きてる世界が狭いでしょ」
協調性や常識に欠けるユキは、外国や異文化への柔軟性が抜群だった。
「仕事は世界を良くするんです。働くって素晴らしいと思いません?」
カスミの話が長くなるのは、ビジネスを学んで人脈が豊富だったからだ。
クセは直せないなら、いっそ利用してしまえばいい。
彼女たちにしかできない、唯一無二の仕事をつくろう。
サナのアイデアが広がって、新しい働き方が見えてきた。
逆転の発想を携え、サナはもう一度オフィス街を巡ることにした。
……そして、二ヶ月。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
あいさつを交わして楽屋に入ると、ユキは鏡の前で大きく息を吸った。
元気よく伸びをしてパッと、普通の女性はモデルに変身した。
「よーし、楽しむぞー! ワクワクしてきた!」
外から見えないシルエットの世界。伝わるメッセージは決して小さくない。
ドキドキ高鳴る有数の想いを語り始めると、動いていた時間はピタリと止まった。
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発行元 : 株式会社福幸塾(www.fukojuku.com)
創作指揮: 福田幸志郎(勉強を教えない塾じゅくちょう)
※ この物語はハーフフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は……半分創作であり、
実在のものとは……半分関係があります。
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