しめかざり探訪記[10]――岐阜県高山市しめかざりタイムスリップin飛騨
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しめかざり探訪記[10]――岐阜県高山市しめかざりタイムスリップin飛騨

工作舎

 2006年の「しめかざり探訪」は、岐阜県高山市から滋賀県大津市をまわった。今回のnoteでは高山での2日間を書いてみる。

■ビル街のバスターミナル

 12月28日。早朝に自宅を出て、新宿西口の高速バスターミナルへ向かう。まだ「バスタ新宿」が影も形もない頃で、旧安田生命第二ビルの一階にバスの発着所があった。ビルも待合室も年季が入って薄暗い。そもそも私は「バスターミナル」というものが苦手だ。目まぐるしく発着するバスの波から、自分の一台を的確にキャッチできるだろうかと不安になる。特にここは乗り場が3台分しかなく、陣取り合戦のようにバスが入れ替わる。
 そんな私が不本意ながら高速バスを選んだのは、ひとえに交通費が安いから。片道6500円。当時は今よりもさらに貧乏旅行だった。

高山陣屋前

 無事、午前8時発のバスに乗りこみ、午後1時30分に高山駅へ到着。バスを降りると曇空で、空気が冷たい。
 駅前の土産物屋に、さっそく大きなしめかざりが飾ってあった。藁縄を三連にした立派な「輪」から、豊富な藁束が滝のように下がっている。藁は青刈り(夏に刈り取る青い藁。お米は収穫しない)のように見える。装飾には海老、橙、扇、昆布、稲穂、梅、小判、松、紙垂が付いている。裏白はない。

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 しめかざりの下には、風土色のある味噌と漬物が華やかに陳列されていた。華やか、と思ったのは、「赤かぶ漬け」のせいだろう。飛騨の名産と書かれているが、私の愛媛の祖母もよく赤かぶを漬けていた。それは美味しいだけでなく、子供にとってはエンタメ性のある食べ物だった。赤かぶ漬けに橙をしぼると、化学反応でみるみる「蛍光ピンク色」に変わっていく。それが見たくて、食べもしない赤かぶにまで、せっせと橙をしぼっていた。
 そんな思い出に浸りながら歩いていると、10分ほどで高山陣屋に着いた。高山陣屋とは徳川幕府の郡代役所で、176年間飛騨の統治をしていた場所。その門の前に立つだけでも歴史と風格を感じたが、私は一歩も立ち入ることなく背を向けた。なぜなら、目の前にしめかざりの露店が出ていたから!
 陣屋前では、毎日正午まで「朝市」が立つ。地元の農産物とともに、年末にはしめかざりが並ぶというのでやって来た。正午はとっくに過ぎていたが、しめかざりの露店は当然のように開いていた。角材とブルーシートで作った露店がいくつも連なり、大小のしめかざりや松の枝が並んでいる。玄関用の輪状のしめかざりで1000円から2000円。東京と比べたらかなり安い。
 扇や海老などの装飾は先の土産物屋と似ているが、やはり裏白はない。裏白は、葉の裏側が白いことから「心の潔白」を示すとともに、土地によっては長寿や夫婦円満の願いを込める。しかし寒い地方では自生しづらく、東北や北海道のしめかざりでも付けないところが多い。

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力士のしめかざり

 陣屋前の朝市には明日あらためて訪れることにして、側を流れる宮川沿いを歩いてみる。すると、ひと際目につく露店が現れた。大きな看板には「日の出」と「打出の小槌」が描かれ、大らかな筆致に心が浮き立つ。店には様々なしめかざりが並んでいたが、大きく分ければ丸型(輪から房が垂れたもの)と、横型(ゴボウジメから藁束が垂れたもの)の2種類。藁が青かったので「青刈り」かと思ったが、ところどころに「ミゴ(お米を脱穀した部分)」も見える。
「これは青刈りですか?それとも脱穀後の藁ですか?」という私の質問に、店主は「お米をとることが大事だから、収穫後の藁にこだわって作っている。」と言った。その即答ぶりに信念を感じる。

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 店主はさらに言った。「うちは150年くらい前からしめかざりを作っている。力士になろうと江戸へ出た祖先が、結局力士にはなれずに戻ってきたけど、江戸でしめ縄を見て、うちでも作ろうということになった。」
 力士? 江戸? しめかざりの発生由来で、そんなことがあるの? 
「飛騨は昔から、名古屋などを経由しないで直に東京のものが入ってくるんだ。」
店主の言葉を裏付けるように、このあと立ち寄った郷土館の展示解説でも、都(江戸・京都)との交流がさかんだったことが強調されていた。
 そんな店主のしめかざりも、150年前から全く同じだったわけではない。「こんなに飾り物(海老などの装飾)を付けるようになったのは高度経済成長の頃。それまでは御幣だけだったよ。皆、派手なものを好み始めた。外国製もたくさん入って来てるしね。それから、この丸型は玄関用、横型は神棚用。でも最近は、横型を玄関に飾る人も増えたね。」
 私は、陳列台の端に並ぶブーケのような花も気になっていた。
「それは飛騨地方特有の『仏花』。花瓶に水を入れておくと寒さで花瓶が割れるから、水を使わなくて済むようにドライフラワーで作るようになったんだ。」
 小花のドライフラワーに松を添えて、根元を藁で巻いている。色が鮮やかなので、てっきり生花だと思っていた。よく見ると、あちらこちらの露店で売っている。この土地に根付き、必要とされていることが伝わってきた。

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 あたりはもう薄暗い。花瓶が割れるほどの寒さを想像しながら、予約していた駅前のビジネスホテルに向かった。

飛騨の花餅

 翌29日。早朝にチェックアウト。雪まじりの風で寒い。
 まずは、「朝市」目当てで高山陣屋を再訪する。陣屋の門の前にはTVクルーが数名いて、「煤払い」の行事を撮影しているところだった。3メートル近い竹の先に、瑞々しい笹の葉をくくりつけた箒で、ふたりの男性が門の煤を払っている。実際に煤を払うのではなく、儀式的な所作だろう。頭上高く掲げた箒はバランスをとるのが難しそうで、(失礼ながら)曲芸の皿回しのよう。意外と事前練習を重ねているのかもしれない。

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 さて朝市。その景色は昨日から一変し、雪に覆われた白い露店が並んでいる。風は緩急をつけて吹き、店主も客もちぢこまっている。店に並ぶしめかざりは、当然ながら昨日と同じもの。しかし今日は、いくつもの露店で「花餅」が競うように並んでいた。飛騨の「花餅」は、木の枝に小さく点々と紅白の餅を付けたもので、花の少ない雪国の正月を彩るものとして売られている。いわゆる小正月の「餅花」との関連性は不明だが、造形的にはとても良く似ている。
 しかし、大きな違いがひとつ。一般的な「餅花」を飾る際には、その枝をどこか(俵など)に挿したり、大黒柱にくくりつけたりといった工夫が必要になるが、飛騨の「花餅」は、木の切り株から出た枝に餅を付けるので、「自立する」のが特徴だ。吹雪の中で踏ん張る花餅は、健気に春を告げていた。

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朝市の答え合わせ

 今日の目的は朝市だけではない。これから「飛騨の里」へ向かう。そこは、飛騨各地から移築・復元した古民家が30棟以上集められた屋外博物館。正月になるとその古民家一つ一つに、手作りのしめかざりを飾るという。
 冷え切った体を避難させるように、「飛騨の里」行きのバスに飛び乗る。しかし暖かいと思ったのも束の間、外の雪は強さを増し、車内もどんどん冷えてきた。このまま帰ろうか……と思い始めた頃、バスは目的地に到着。私は諦めと覚悟の中、吹雪の「里」に足を踏み入れた。
 すると突然、視界いっぱいに「江戸時代の里山」があらわれた。積雪によって人工的なものが覆い隠され、雪から覗くのは茅葺きの家と木立だけ。人の気配もない。この完璧な風景の中では、現代人である私のほうが異質な存在だ。寒さも忘れ、しばし見入ってから、しめかざりを求めて里の中を歩き出した。

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 点在している古民家を一つ一つ訪ね歩く。戸をたたけば、着物姿の沢口靖子が出てきそうな風情。よく見ると、古民家の軒下や作業小屋の入口には、脱穀後の藁で作られた素朴なしめかざりが飾られている。そのかたちは輪から房の垂れたものが多いが、マヤ(馬屋)にはタテ型のゴボウジメが掛かっていた。どれも装飾は御幣のみ。昨日の店主が言っていた通りだ。

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 古民家の一つに入ってみると、板間の隅にあの「花餅」が飾られていた。うす暗い室内を灯すようで、ふっと心がほころぶ。しめかざりも花餅も「実用」の道具ではないけれど、心に直接「作用」してくる大切な道具。そう思って外に出ると、木の枝に点々と積もった雪さえ「花餅」に見えてくる。

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 「飛騨の里」の敷地は広く、全てを見て回ったわけではないが、もう体が限界だ。芯の芯まで冷えてしまった。
 ここまでくると、気持ちはもう「江戸時代の旅人」。私は藁で作った雪ぐつを履き、蓑を着て、真っ白な里をしみじみと味わっている。ようやく「休憩所」と書かれた古民家を見つけ、やれやれと戸を開けると……。そこは極彩色だった! 
 狭い室内に色とりどりのダウンジャケットを着た15人ほどの客がひしめき合っている。里には誰もいないと思っていたが、皆、寒さに耐えかねてここに避難していたのだ。着ていた蓑も雪ぐつも消え、私の「タイムスリップ」は突然終了した。


※本稿の内容は2006年のものであり、現在の状況とは異なる場合があります。

森 須磨子(もり・すまこ)
1970年、香川県生まれ。武蔵野美術大学の卒業制作がきっかけで「しめかざり」への興味を深めてきた。同大学院造形研究科修了、同大学助手を務め、2003年に独立。グラフィックデザインの仕事を続けながら、年末年始は全国各地へしめかざり探訪を続ける。著書に、自ら描いた絵本・たくさんのふしぎ傑作集『しめかざり』(福音館書店・2010)、『しめかざり—新年の願いを結ぶかたち』(工作舎・2017)がある。
2015年には香川県高松市の四国民家博物館にて「寿ぎ百様〜森須磨子しめかざりコレクション」展を開催。「米展」21_21 DESIGN SIGHT(2014)の展示協力、良品計画でのしめ飾りアドバイザー業務(2015)。2017年は武蔵野美術大学 民俗資料室ギャラリーで「しめかざり〜祈りと形」展、かまわぬ浅草店「新年を寿ぐしめかざり」展を開催し、反響を呼ぶ。収集したしめかざりのうち269点を、武蔵野美術大学に寄贈。
2020年11月には東京・三軒茶屋キャロットタワー3F・4F「生活工房」にて「しめかざり展 渦巻く智恵 未来の民具」開催。
https://www.facebook.com/mori.sumako
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