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【ポパー哲学入門 科学的・合理的なものの見方・考え方 高坂邦彦著】1

目次

 序 言 

 一章 ポパーの科学論
 1、科学と非科学の区別
 2、帰納法の考察
 3、探求の過程
 4、独断的思考と科学的思考

二章 ポパーの哲学論
 1、哲学の課題
 2、ポパーの認識論
 3、弁証法とは何か
 4、批判的合理主義

三章 ポパーの社会理論
 1、予言者マルクスの誤り
 2、認識論の神話的形態
 3、歴史法則主義の誤謬
 4、漸次的改良の提唱

付録 頭の電気掃除機ポパー哲学
 1、ポパー哲学の有効性
 2、認識の方法
 3、言語と思考
 4、認識内容・認識者・認識対象
 5、妥当な認識へのアプローチ

文献案内


序 言

 本書は、カール・ポパー (Karl Raimund Popper, 1902~1994)の哲学の全貌について、一般読者向けに簡潔・明快に紹介するものである。
 ポパーは、今までの我が国では少数の哲学専門家以外の人々には名前さえ知られていなかった哲学者であるが、ヘッジ・ファンドで有名なG・ソロスが自著でポパーの方法論や「開かれた社会」論にしばしばふれているので、近年は経済界その他の人々にも知られるようになった。しかしながら、知られたのはポパーという名前と彼の片言隻語だけで、彼の哲学の正確な内容と意味は未だにあまり知られていないといってもよいであろう。
 ところで、哲学というと、「何やらわけのわからぬことを、できるだけわけのわからぬように述べるものだ」というふうに思っている方もおられるであろう。ところが、ポパーの哲学は、ポパー自身が、「真理を探究するには、ものごとを簡潔に明晰に語ることが必要である。簡潔さと明晰さは、すべての知識人の義務である。仰々しいだけで不明晰な表現は犯罪的な行為である」と述べていることからも察せられるように、きわめて明晰明快で理解しやすい哲学である。また、政治学者丸山真男氏は、「ポパーは頭の中のゴミをさーっと払ってくれる電気掃除機のようなものだ」と述べている(雑誌『創文』二〇〇号)。本書を読了された方々にも、そうした感想をもっていただくことができるであろう。
 ポパーの科学哲学は、元来、アインシュタインの相対性理論形成をめぐる物理学方法論から出発したものであるにもかかわらず、J・エクルズ(脳神経生理学)や、J・モノー(分子生物学)、K・ローレンツ(動物行動学)等の生物学者(いずれもノーベル賞受賞者)によってさえ実質的に有効なものとして強く推奨されている。また、その社会哲学は、戦後西ドイツのH・シュミット首相の社会政策に適用されていたという例をあげるまでもなく、戦後の世界の思想界では重要な位置を占めている。
 それにもかかわらず、わが国の知識人たちには名前さえ知られていなかったという事実は、戦後のわが国の思想界・言論界が、ドイツ系、とりわけ、マルクス的思考に支配されてきたという事情をものがたっている。本書を読まれることで、そういう事情にあらためて気づかれることであろう。
 
 これを書くにあたって、筆者は、読者が哲学や論理学・思想史・科学史等々についての専門的な知識を持ち合わせていなくても理解しやすいように表現や構成を工夫したつもりである。記述の便宜上、いちおう科学論、哲学論、社会理論の三章に分けてはあるが、各章はそれぞれ独立のものではなく、密接な関連をもっている。
 一章の科学論は、ポパーの主張の根幹であり、単なる科学論というよりも、認識論・人間論ともいうべきものいえよう。つづく二章・三章は、一章の理解を前提として述べているので、科学に関する関心の有無にかかわらず一章を丹念に読んでいただけることを期待している。そのために一章は特に明快に表現するように努力したつもりである。一章を読み始めて難解さを感じたら、先に付録(頭の電気掃除機)を読めば理解し易くなるであろう。
 なお、何よりも、「わかりやすい表現」ということを重視してあるので、専門用語や原語をできるだけ使わないようにつとめたり、ポパーが厳密に論理的に述べていることがらを、皮相的で一面的な譬え話にかえて説明しているため、却って理解し難く、誤解されやすく、疑念をもたれる箇所も多々あろうかと懸念している。
 したがって、入門書としての本書でポパー哲学の梗概を理解された後は、本書の末尾に掲げてあるポパーの諸著作や、すぐれた研究者による解説や論文を繙いて、更に詳細・正確な理解を得られることを期待したい。

ポパーの理論を多くの人々に理解していただきたいという筆者の願いは、現実的で実践的な次元での問題意識にもとづいている。私たちは、どうやってものごとを判断し認識を得ているのか、認識された内容はどのような性質をもつものなのか、妥当な認識はどうやったら得られるのか、議論をするとき当事者は互いにどのようなことを承知していなければならないのか・・・、等々についてポパーは明快で納得のいく説明をしている。これらの点に関するポパーの見解を理解することにより、私たちは今までのものの見方考え方について反省し、いろいろな仕事へのアプローチの仕方も変えていかなければならないことがたくさん生じるだろう、と筆者には思えるのである。本書が、読者にとって、より確かな判断と実践をなすための糧となることを願ってやまない。
                        二〇〇三年四月 著者

【つづく】


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