8月4日:フランス革命における封建的特権の廃止宣言/東京五輪1964と中国初の核実験/日本における移民問題の解決の鍵:「中学の授業について行かせること」

8月4日(日)晴れ

8月4日というと、フランス革命を勉強した人は「封建的特権の廃止宣言」「魔法の夜」みたいな話を思い浮かべるのだが、この日の夜にフランス国民議会(三部会から移行)では貴族や聖職者たちも賛同して封建的特権の廃止がすんなりと決まった。魔法のような特殊な熱に浮かされていたのではないか、とも言われるが、7月14日のバスチーユ牢獄の襲撃以降、フランス全土に広がっていた「大恐怖」では貴族たちが復讐に来るのではないかと思い込んだ農民たちが領主館を襲撃するという事件が全国に拡大していたのだけど、この宣言によって嘘のように暴動は終息した、ということがあったわけである。フランス革命は民衆の直接行動と指導者層の啓蒙主義的な決定が激しく影響しあって事態が進んで行ったのだけど、研究者の中にはこれを「事物の勢い」と表現する人がいて、まさにそういうことによってしか説明し得ないものがあるのだよなと考えていて改めて思った。フランスにおける封建的特権はこの時に廃止され、2度と蘇ることはなかったわけである。まあその後の革命の過程はそんなに単純なものではないのだけど。


パリオリンピックの最中も戦争は続いていて、特にイランとイスラエルの対立の深刻さは際立っているわけだけど、オリンピックと戦争というのは実は切り離せない、というか「平和の祭典」であるオリンピックにぶつけることに意義がある、というような解釈がされることもあるのだと思う。

1964年10月10日から2週間、東京では「アジア初の」オリンピックが行われたわけだが、その期間中の10月16日、中国は新疆ウイグル自治区で初の核実験をおこなった。私は2歳で、祖父母とオリンピックを見に行った写真が残ってはいるが、流石にこの時期の記憶はないので、この核実験がどのような反応を日本に引き起こしたのかはあまり覚えていない。

この核実験の政治的な意味は、日本が西側自由主義諸国を中心とした「平和の祭典」を「アジアで初めて」おこなっていることに対し、ほとんど鎖国状態だった中国では、アメリカだけでなくスターリン批判以降関係が悪化しつつあったソ連に対しても対抗しうる力、つまり核兵器を持つことに成功したメルクマールになった出来事だった。毛沢東はアメリカとの平和共存路線を取るフルシチョフを批判し、先鋭的な革命路線をさらに突き進む姿勢を見せたわけである。

ただ、この時期は政府内においては劉少奇や鄧小平らのいわゆる「実権派」が政権をとっていた時期で、ネットを見た限りではこの当時の中国の核政策を誰がどのように進めたのかはあまりよくわからない。当然ながらそういう研究もあると思うのだが、文化大革命が勃発する前の1960年代の中国の政治状況について、もう少し調べられると良いなと思った。人民解放軍に対しての影響力は毛沢東は当然握っていただろうし、当時の国防部長は林彪なので、この辺りが核政策推進の主導権を取っていたと思うのだが、よくはわからなかった。

ただ中国でソ連の援助で核開発を行うために毛沢東は朝鮮戦争の停戦に反対したり、わざと台湾に侵攻してアメリカの敵意を煽ることで核所有の正当性をソ連に主張したりなどの駆け引きを行なっているようで、この辺りはいろいろと生々しい。

技術的にはアメリカのマンハッタン計画に参加した中国人学者・銭学森がマッカーシーの赤狩りで中国に帰国し、弾道ミサイルの研究が始まったというのは歴史のアヤだなと思った。

Wikipediaにはかなり詳しく開発に至る経緯が書かれているのだが、これらの記述は「マオ 誰も知らなかった毛沢東」からの引用が多く、この本は割と信憑性に疑問のある本であるようなので、しっかりした研究が出ると良いと思うのだが、現存する共産主義国家の過去の歴史に関わることだからなかなか明らかにされない事実はあるだろうと思うので、こうした本をある程度参考にせざるを得ないというのが現状なのかなと思った。

現代史の解明のために共産党国家の解体を望むというのはまあ本末転倒というかそういう国家が現にあるということの謎をいかにして解き明かしていくかの方が研究の本道ではあるのだけど、中国を研究するためには中国の現政権に反対の立場からの研究は難しいのが実情だから、中国政府とことを起こさない研究者の方がどうしても主流になってしまうのも残念なことである。あとは中枢にいた人たちが亡命してきた時にインタビューするくらいしか方法はないのだろうか。

それにしても「中国最初の核実験は東京オリンピックの期間中」という事実はその当時の中国共産党、あるいは毛沢東の日本に対する敵愾心の強さという点において割と重要なことだと思うので、しっかり押さえておきたいとは思う。

ただ、中ソ対立が深まり、またブレジネフ体制になることで米ソ間も冷え込んだことで逆にキッシンジャーなど中国を取り込む動きに出、中国側もそれに乗り、念願の国連の議席(安保理の拒否権付き)を得ることができて、また田中角栄がそれに参加して米中・日中で国交回復に至ったことが現在の中国の世界進出につながっているわけで、ある意味毛沢東の執念が中国を大国化させた部分はあるなと思う。いろいろと考えさせられる。


在日ブラジル人の人が外国人向けの日本語教師になりたいということを書いていて、以下のスレッドを読むとその事情が本当によく理解できたのでこういう動きがもっと広がると良いなと思った。

日本に入ってくる外国人、もちろん日本のことだけに関わらないのだが、ある時期に日本にまとめて入ってくる日本育ちでない人たちの集団が時によってあった。戦前から在日朝鮮人や台湾人は日本人として「国内」移住してきたわけだが、戦後は一番最初は日中国交回復後の中国残留孤児。この人たちは残留した日本人だけでなくその家族も伴って多く帰国したが、形の上では「引き揚げ」であった。その後はカンボジアやベトナムなどのインドシナ難民、比較的自由に来日できた時期のイラン人、芸能ビザなどを使って入国したフィリピン人などの女性(いわゆるジャパゆきさん)、日系人の子孫ということで来日枠が拡大されたブラジルなど中南米の人々、技能実習生や語学留学の形で来日した中国人その他の人々、など、多くのエスニックグループが来日している。

彼らは日本で仕事を得たりするのに苦労し、またその支援も行われたが、彼らの子供たちは日本に馴染んで日本語しか話せないようになった人たちも多い。しかし文化的な背景の違いから学校教育で困難が生じることが多く、特に義務教育のある中学までは学校に行くが、その後は資格もないまま社会に放りだされることが多かったというのが事実としてあるようだ。

80年台のブラックドラゴンなどの暴走族グループは残留孤児の子供たちが中学卒業後行き場がなかったところに反社会的な集団からのアプローチなどがあって取り込まれていった過程もあったように聞いているし、これはその他のエスニックグループも同様だろう。

こうした日本社会に馴染めない少数派グループが、日本に馴染んで行く過程において重要なのは日本社会の流儀を身につけること、つまりは「学歴によって社会的な位置が決まる日本社会」において、「正当に評価されるのに必要な学歴」を身につけることの重要性が問題になる。

しかし、日本の多くの家庭が中学生の頃から塾に通わせるのと異なり、外国人家庭にはそうした文化的伝統がないから当然ながらそういうことには消極的になる。また、社会(特に日本の歴史など)や理科についての知識が親にもない場合もあり、高校に進学できないかできても大学に進学が難しいような高校にしか進めない場合も多く、その辺りで大きな不満が溜まることになる。この辺りはフランスにおけるイスラム系・アフリカ系の移民が社会のより上にいくためにはスポーツしか可能性がない、みたいになっていることとよく似ている。

もちろんこれは外国人だけの問題ではなく、日本でも子供の進学に不熱心な家庭というのはある。特に女子についてはそうだろう。逆にフィリピンなどは女子を進学させて良い職につかせ、それに親戚全体がぶら下がる場合もあるようなことを聞いたが、日本においてその辺りがどうなっているのかはよくわからない。

日本人のそうした家庭の場合は子供が学歴をつけることで親が馬鹿にされる、と思ってしまうというような近視眼的な話もよく聞くが、この辺りの対策はまた別に必要だろうとは思う。

外国人の場合はまず日本語の能力の問題が大きいのだから、そうした中学生たちに授業内容をしっかり理解させるサポートがあれば問題が解決することはあるわけで、この方はそれをしっかりやっていくことで日本にいる外国人の子供たちにも学歴をつけさせ、日本において社会的上昇が図れるようにしたい、という希望はよくわかるし、そうした子供たちが反社会性力に取り込まれていく可能性が少しでも減るなら、日本人にとっても治安上のメリットはかなり大きいと思う。

高度に成長した資本主義社会においては、ドラッカーの言うようにより高次元の学歴、と言うより知識や技能が求められるようになる「知識社会」になると言うのはある程度の必然なので、外国人やその家系の人々も日本社会に統合していくためにはそうした試みはより積極的にやっていく必要があると思う。文部科学省はどうもその辺のやり方に見当違いなことが多くて困るのだが、民間でそう言う動きが起こることは重要なことだと思う。

私は基本的に日本が移民に門戸を開いていくことには反対なのだけど、今現にそう言う人たちがいる以上、そうした人たちを日本社会に統合していくことはかなり喫緊の重要な問題だと思う。日本社会が今後も生き残っていくためには、この問題への取り組みがある意味正念場になっているのではないかと思うのである。

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