目の前のシーンに生まれる時間
"写真って、そこにあった出来事を現在のものとして写し出すもの"
11月23日に開催されたZineの祭典「Zine it! 」。
その会場で宮崎県出身の写真家 トヤマタクロウさんとデザイナー 平野由記さんのトークセッションが行われた。
冒頭の引用はトークセッションでトヤマタクロウさんがふっと口にした言葉。
それがずっと耳に残っていて、その感触を確かめるためにトヤマさんの写真展が開かれているサムタイムズへ行ってきた。ちょっとハッとした。大切なこと思い出した。
「痕跡」を辿る。何かがあったその感触と予感。僕が文章書きはじめたときに抱いた夢。それが思い起こされた。
展示されているものの中で一番気になった写真がある。住宅街の路地をそっと写したもの。何気ない風景。路地、家、車…それだけ。それだけなんだけど強く惹きつけられるものがあってさ。撮られた瞬間、それ以前には確かにその場で何かがあったはずなんだ。その"わからなさ"がモヤモヤするし、反対に安心もする。その光景との対話が続いている。
僕は写真を上手く撮ることができない。写真は苦手だ。だけど、今まさに目の前の光景にハッとしてカメラ(iPhone)を構えたくなることが多い。とは言ってもそれに躊躇してしまうことがほとんど。だから、その瞬間と心の感触やざわつきを記憶しておいて文章として"今"に書き起こすんだ。
トヤマさんの話を聴いて、トヤマさんの写真を見て、写真と"自分"と対話をした。撮るという行為が少し怖くなくなった。SNSで消費されるために写真を撮るわけじゃない。もちろん宣伝のために撮ることだってあるさ。でも、それはそれで。
僕はハッとしたその光景を残すため、それにハッとした自分の感性を殺さないために撮るんだ。
誰かが自分が残していったものに共感してくれたり、ざわつきを感じでくれたらそれはそれで笑顔になるよ。
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