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【映画批評vol.3】新海誠の汚点と言われている映画がある『星を追う子ども』

 向乃は新海誠オタク、新海誠フリークである。多分「君の名は。」が流行った時期に、「君の名は。」を観るより先に「秒速5センチメートル」を小説で読んだ稀有な人種だと思う。劇場公開作は全部観ていて、一番好きな作品は「雲のむこう、約束の場所」。だから本当はここまでに挙げた3作から選んで批評するのが筋なんだが、敢えて違う作品を持ってきた。

 今作は、新海作品唯一の失敗作として挙げられることが多い。実際、新海誠監督作唯一の赤字らしい。事実は否定しようがないが、今回はファンとしてのメンタリティ的な部分で、それに異議を唱えていきたい。だってそんなこと言ったら「すずめの戸締まり」のほうがよっぽどおもん((

【ネタバレを含みます!注意してね!】
ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ


あらすじ

 近所の山で鉱石ラジオを聴くのが好きな主人公・アスナはある日、山を登る途中で不気味な怪物に襲われる。その危機から彼女を救った少年・シュンに、アスナは淡い恋心を抱くも、次の日にシュンは死亡する。シュンの死を受け入れられず、死後の世界に興味を持ったアスナは、新任教師・モリサキに話をするも、有益な情報は得られなかった。後日、アスナはシュンに瓜二つのシンという少年との出会いを機に、謎の地下都市・アガルタと、その地で死んだ妻の復活を図るモリサキとのいざこざに巻き込まれていく。結局モリサキと二人でアガルタの地へ行く決意をしたアスナは、何度も死に直面しながら、モリサキの目指す「生死の門」に到着する。モリサキは妻を蘇らせるため、アスナを生贄に選び、自らの右目をも差し出すことで、妻との束の間の再会を果たすのだが、アスナを救いに来たシンによって食い止められ、復活は遂に果たせなかった。その後、モリサキとシンをアガルタに残し、アスナは地上へ帰っていった。

↑予告編↑

個人的評価

★★★★★★★☆☆☆(7/10)

良いところ

①世界観

 正直ここに尽きる。賛否もここを受け入れられるかで分かれている気がする。向乃はこの世界観に見惚れたから「賛」側だ。「否」側の意見は、某大手アニメーション制作会社の世界観のパクリだというものだが、それは後で紹介するとして。

 個人的には空飛ぶ船「シャクナ・ヴィマーナ」のビジュアルが大好き。宗教的というか、芸術的というか、神々しいというか。そんでもって変形したあとの姿が「妖怪ウォッチ」の百目鬼に似ている。

 夷族の不気味な見た目も好き。骨骨しく、長い手足を持っている。顔だけ見ると、丸いお顔に赤くて真ん丸な目が特徴的な可愛らしい顔なんだけど、口を開くと結構おぞましい。

 リアルタイムで新海を追っていたわけではない自分が言うのは少々おこがましいのだが、このアガルタの世界観は、一種新海誠の集大成ともいえると思う。

「これまでの作風から一変」なんて評価は浅い

 「ほしのこえ」から「アガルタ」の地名は登場し、作風も見かけ上はSFものでファンタジックだった。「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」と制作が進むごとに徐々にリアルな世界観が描かれていく一方で、空想の世界の描写が消えることはなかった。「君の名は。」以降の作品もフィクションに振った話ではあるんだが、初期の新海の世界観とは違う。初期はなんというか、もっとダークで、オカルトチックなんだ。初期3作で溜め込んできたそういう要素を、いよいよ前面に押し出してきたのが「星を追う子ども」だと個人的には思っていて、それだけで胸を打つものがあると感じる。当然独立した一作品として評価をしているのだが、そこに監督の歴史の重みを感じざるを得ないし、その点で高評価をせざるを得ない。

②モリサキ先生

 この物語の主人公はアスナではなくモリサキだと思っている。これだけファンタジックな世界観を持っている作品であるからこそ、極めて人間的な内面を持つモリサキが、キャラクターとして映える。

 それが一番表れているのが生死の門のシーン。妻を蘇らせるには器が必要だと知ったタイミングで、アスナが現れてしまう。一貫して冷徹な性格のモリサキだったが、その微細な変化に、視聴者はきっと気づいたはずだ。ここまでの旅の目的はあくまで妻を生き返らせることであった。しかし、その道中をともにしてきたアスナに対して、愛情が深まったことも事実である。この葛藤が滲み出た苦痛の表情が、なんとも堪らない。

 しかし結局は、アスナを生贄として差し出してしまうモリサキ。何と人間くさいことよ。とことん人間くさいからこそ、シンがクラヴィスを破壊したのちの吹っ切れたような姿には、彼の成長が見られる。

良くないところ

①主人公の目的が分からん

 世間の声は、後に紹介する②のほうに集中しているんだが、特筆すべきはむしろこっちなんじゃないかと思う。

主人公の動機が不明の状態で進む作品ってどうよ?

 映画を観てみると分かるんだけど、結構過酷で、常に命を落とす危険と隣り合わせな旅であるわけだ。しかも、同行人は最近初めて話した男の先生。小学生の女の子がついていくには、相応の理由が必要だと思う。

 Wikipediaには

アガルタに来たのは自分の寂しさを埋めるためだと気づくアスナ

Wikipediaより

みたいなことが書いてある。さらに、あらすじにも書いたように、シュンの死を受けてアガルタに興味を持ったのも分かる。

 でも先述したモリサキがここまで明確な目的を持っていると、どうしても説明不足感は否めないかなあというのが個人的な感想。例えばシュンを蘇らせたいとかなら分かりやすいんだけど、そう単純な話でもないのよね。作品全体を見たときに「なぜそこまで必死になれるのか」と疑問に思わざるを得ない。これまた先述の、シンがクラヴィスを破壊しにかかるシーンは、だからこそ魅力的だった。長くなるので割愛するが、シンもしっかりとした目的のために動いている人物であった。モリサキのせいで主人公が霞む前半部分に比べ、確固たる自分なりの正義を持つモリサキとシンがぶつかるシーンを見て、キャラクターはこうでなくちゃと痛感した。

 新海誠の魅力といえば、その緻密で文学的な人物の描写だと思っている。その描写が童貞くさいっていうのはまあ分からなくもないので、甘んじて受け入れる。しかし、「君の名は。」やその前の「言の葉の庭」あたりから、彼の作画に注目が集まりだしたことには、まだ納得がいっていない。実際、「君の名は。」が好きという人の半分くらいは、彗星の描写の美しさに見惚れているだけだと思っている。でも別に新海って、初期作の段階から、風景はかなり上手かったよね(人物は壊滅的だったが)。これは別にマウントや揶揄ではない。向乃自身、例えば映画「言の葉の庭」に関しては、作画以外の魅力は皆無だと言い切れる。だがそれは、小説版を読んだからという裏づけがある。映画の時点で好きといえるなら、ぜひとも小説版を手にとってほしい。あれを読んだあとでは、あの尺で「言の葉の庭」を作ったことが許せなくなってくる。劇場公開作の中では「ほしのこえ」に次いで短いのに、小説のページ数は「雲のむこう、約束の場所」と張るレベルで、一番分厚いのだ。

 話がそれてしまったが、繰り返すと、新海の作品においては心理描写が要であり、今作のように、その入り口が多少なりとも雑になってしまうと、極端な話、新海作品である意味がなくなってしまう。

②あまりにジブリ

 なんとまあこの批判が多いこと。皆ジブリ大好きだねー。ただ、監督自身「ある程度自覚的にやっているという部分もある」とは言っているみたいね。

 向乃の世代は、ジブリの全盛期と重なっていない。だから、親の世代が「ラピュタ」や「もののけ姫」に傾倒していることに、あまり深く共感できない。これは向乃の感想も大いに含まれているから、一概に世代のせいにはできないのだが、事実同世代の人間と話していて、ジブリの話で盛り上がった記憶はそんなに多くない。

 これを踏まえたうえで、向乃の感想としては

ああ……まあ、ジブリには似てるか……それで?

みたいな感じだった。大前提として、所々、明らかにこれと断定できてしまうレベルでのオマージュがある時点で、ジブリのパクリという意見は否定できないと思う。でも、これだけ袋叩きにされていると、話が変わってくる。世界観のマイナスは、脚本のプラスと相打ちで良くない?このプラマイが逆になっているのが「竜とそばかすの姫」だ。

あれが許されていて、今作がとやかく言われる理由は何だ?
(てかなんならあれだって美女と野獣オマージュだし)

 アニメ映画だからといって、世間の注目が、作画や世界観に偏りすぎていやしないか?アスナという登場人物の掘り下げは深かったとは言えないものの、シンの葛藤やモリサキの苦悩だけでも、ストーリーとして非常に出来が良かったと思う。そこは評価に値するんじゃないだろうか。

最後に

 今作の話というよりは、監督の話でもって総括したいと思う。

 多分深めの新海ファンは、もう一度「秒速」や「雲のむこう」みたいな話を作ってほしいと思ってるんじゃないかなあ。別に客のニーズに目線を下げてそれに応えるのがクリエイターとは言わない。だけど3作連続で災害モノを撮っていたら、「君の名は。」に味を占めたというか、これが売れたからもうちょっとそれで売り出してみようという魂胆だと思われても仕方ないし、若干客を舐めてると取られかねない気はするんだよなあ。誰もが満足できる作品をつくることが不可能であることは大前提として、「天気の子」や「すずめの戸締まり」みたいな作品は、もうあまり見る気がしないです。

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