「一橋桐子(76)の犯罪日記」 原田ひ香著 徳間文庫

結婚せず、子供もいない主人公の女性(一橋桐子)は、両親の介護のために仕事を辞め、親を看取った後の再就職も難しく、相続で姉妹間もこじれ住んでいた生家を処分し、手元にはわずかな現金しか残らなかった。
それでも掃除のパートと少ない年金と貯金を取り崩しながら細々と暮らしていた。
夫を亡くした同級生の友人と一緒に暮らすことでなんとか生活できていたが、その友人も亡くなり、1人では家賃をまかないきれず、住まいの不安、暮らしの不安にさいなまれるようになる。
主人公の設定は、このままそこかしこにいそうな独居高齢者であり、今後増加すると試算されている就職氷河期世代の老後でもある。
本著は、数年前にNHKでドラマ化されたが、原作である本著はドラマとは設定がだいぶ異なる。
ドラマはコメディタッチのファンタジーっぽく終わっていたが、原作はもっと現実的で読んでいて納得感がある。
住まいの不安、経済的な不安、同居していた友人の死に伴う喪失感、主人公はそういう不安定な心理状況から「罪を犯して刑務所に入れば、住まいの心配も、お金の心配も、介護の心配もなくなる。なるべく長く刑務所にいられる犯罪に手を染めよう」と思い詰める。
なにかしらの犯罪をしようと考えるが、人を傷つけたり、損害を与えるような犯罪はしたくない・・・と試行錯誤するところが切ない。
その過程で描かれる主人公の孤独も切ない。
筆致は軽妙で明るいし、エンディングもそれなりの妥当な解決策にいきつくのだが、それでも読んでいて切なくなる。
主人公・桐子と対照的に描かれているのが、桐子と同じ俳句サークルメンバーの高齢独居男性・三笠。
そこそこ年金も貯金もあるし、そもそも俳句サークルに入っているのだから、社会的に孤立しているというほどでもない。
が、悪意のある人間に振り回されて心身が疲弊し、あっという間に要介護状態になり・・・と、「これからこの人はどうなるんだろう?」という状況に陥る。
読み進めるうちに、どこを切り取っても「明日のわが身」と思えてきてしまう。
そしてつくづく感じたのは、セーフティネットにたどり着くのは難しくて、その道は険しいこと。
年を取るのは簡単ではないということを思い知らされたけど、ちゃんとエンタメ性もあって面白く読めた。
薄っすらしていたとしても、その薄っすらした人との繋がりがいくつか寄り合うことで解決策が見いだせることがわかる作品。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?