「塩とコインと元カノと」ヒロミ・ゴトー作・アン・ズー画 生活書院

舞台はカナダ、主人公クミコは日系カナダ人の高齢女性。
配偶者に先立たれ三人の娘は独立している。
娘たちは母(クミコ)のためを思って老人ホームへの入居手配をし、クミコもいったんは施設入居を受け入れる。
が、「最初からしっくりこなかった」と誰にも告げずにその施設から勝手に逃げ出し、一人暮らしを始める。
娘たちに住所を教えず、今までの人間関係も絶ってしまったクミコの暮らしを「死の影」がつけ狙い・・・という高齢独居バイセクシュアル女性を主人公にして、グラフィックノベルで描いたもの。
気ままな一人暮らしと引き換えに娘たちの手助けを得られず、さらにそれまでの人間関係を絶ってしまったがゆえの、孤独や不自由や加齢やケガや心細さも感じるクミコ。
だが、どこにでもいそうなちょっと頑固でわがままで憎まれ口が達者なおばあちゃんであるクミコは、日系人ではあるが日本の高齢独居女性とはちょっと違う。
自己主張がきっぱりしていて、「死の影」に負けまいとする強さがある。
娘たちとの関係が悪いわけでもない。娘たちの気遣いはわかっているが、ただ自由に暮らしたかっただけなのだ。
このたくましさは、カナダでマイノリティ(アジア系・女性・バイセクシュアル)であるがゆえの差別を受けてきたからかもしれないし、彼女の個性なのかもしれない。
日本には、高齢独居女性で性的マイノリティを描くエンタメ(映画とか小説とかドラマなど)はないし、あったとしてもクミコのようなキャラクター設定にはしないだろう。クミコはぽっちゃり体系で、外見も冴えないおばあちゃんで、そんなおばあちゃんが主役の本っていうのが斬新。
クミコのような高齢女性は、日本の「おばあちゃん」像とはあまりにもかけ離れている。
だけどクミコのキャラクターの中のどこかしらは、日本の高齢女性の性格形成の一部としてきっとあると思う。
クミコがひとり暮らしの中で、少しづつ人間関係の輪を作り(同じアパートの管理人でゲイ男性とか、掃除機ショップの女性のキャラがいい、皆マイノリティなのだ)あることから50年ぶりに元カノとコンタクトを取ったりする。
その新しい人間関係の輪を広げていくクミコのコミュニケーションは魅力的だ。
「独居老人」という言葉は、ネガティブなイメージがつきまとうが、クミコの暮らし方を見ていると、独居老人のイメージが覆る。
施設に入ってケアを受けながらしおしおと枯れていく以外の選択肢もあるんだなと勇気づけられた。
運命(加齢や病や体力の衰えからくるケガなど)にどう抗い、何と手を打つのか、生きていくことの魅力が詰まった本だった。

塩とコインと元カノと | 生活書院 (seikatsushoin.com)

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