俺の十八番
「あれ歌ってよ、あれ」
道隆が言う。
カラオケ屋のパーティールーム。かつての人気女性ボーカル曲を熱唱する合間を縫って、その声はやけにはっきりと俺の耳に届いた。
大学時代のサークル仲間による、久しぶりの飲み会。飲み会はおろか帰省もままならなかった昨今、会うこと自体が久しぶりというやつも少なくない。かく言う俺も数年ぶりの帰省。道隆に会うのも久しぶりだ。
「えー? あれって、あれ?」
俺は顔を顰めて言う。
「もう若くねえんだしさ、ああいうノリ、色んな意味できついんだよなあ」
「いいじゃんいいじゃん」
「あれって何?」
道隆の隣で杏奈が言う。
「え、杏奈、聞いたことない? 裕作のあれ。昔よく歌ってたじゃん」
「あたしあんまりカラオケ行かなかったからなー」
「そうだっけ? こいつとカラオケ来たらさ、あれ聞かなきゃ」
そう言って端末を勝手に操作し始める。
「おいおい」
俺は呆れて言う。
「キツい、って言ってんのに」
「嫌じゃねえくせに」
道隆はニヤニヤ笑い、俺はため息をつく。
サプライズを狙ったのか、道隆は杏奈から端末を隠すように操作していたが、その意図も虚しく、モニターの上に新規予約の表示が出て、杏奈が笑い出す。
「なにそれ。あれ歌うの? 裕作くんが?」
「まあ聞いてみろって。忘れられなくなるから」
「まったくもう……」
女性ボーカル曲のあと、最近のヒット曲、ふたたびの懐メロ、マイナーなアニメソングが続き、ついに道隆が入力した曲の順番になった。
「ほら」
マイクを手渡す道隆に苦い顔を見せながらも、急いで息を吸って準備。鐘の音と、三回のクリック音を聞いて歌い出す。
甲高い裏声。何事かとこっちを見た奴らが、「きたー」「なつかしい!」などと歓声を上げる。
俺の学生時代の十八番。女性三人によるコーラスグループの代表曲。
冒頭部分が終わり、短い間奏。ここからは地声に戻し、本来女の声で歌われるその曲を野太い男の声で歌っていく。心得たもので、何人かの男たちが、相槌のようなコーラス部分で太い声をあげる。
歌詞は、元彼から結婚式に呼ばれた女性の心情を、明るい曲調の中でユーモアを交えつつ、ちょっと切なく綴ったもの。結婚式の描写からはじまって、「そこに立つ自分を夢見ていたのに」「なんでこんなとこにいなきゃならないの」という、一つ間違えばド演歌になりそうな恨み節を、うまい具合にポップに仕上げた、往年の大ヒット曲だ。
ここまで来たら変に照れてもイタいだけだ。俺は学生時代そのままに、ノリノリで熱い声をあげる。男の声で歌うことで原曲にはない鬱陶しいほどの熱さが生まれる。そこがウケるポイントなのだが、元歌を知っていないとその辺うまく伝わらないため、最近の若い子がいるような場所ではちょっと歌いにくい。今日みたいに同世代が集まる場所なら、まあ鉄板と言える。
初めて聞くと言う杏奈が、道隆に寄り掛かるようにしながら大いにウケているのを横目に、声を張り上げる。
出会ってからずっと、女っ気が耐えることがなかった道隆。久しぶりに会ってみれば、来春、杏奈と結婚すると言う驚きの報告。
俺があの頃、これ歌いながら内心何考えてたか、道隆が気がつくことはないんだろうな……
そんな古い気持ちを振り払って、俺はクライマックスの罵倒語を絶叫する。
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