曲名や歌詞に洋楽の歌手・グループが登場する昭和ポップス10曲

昭和ポップスを聴いていると、意外と洋楽の歌手やグループ名が登場する事が有ります。使用される理由としては単純にインパクト、もしくは歌詞に描かれるシチュエーションをより具体化する為等様々で、今回は10曲時代順に収録アルバムと共に紹介していきたいと思います。

1.常田富士男「私のビートルズ」(1970)→ザ・ビートルズ 

(作詞作曲 吉岡治 ・神津善行)

「まんが日本昔ばなし」でもお馴染み故・常田富士男さんのシングル。ビートルズは言わずもがな60年代、そして全年代を代表するイギリスのグループの一つ。なんとなくのんびりした曲をイメージしましたが、鋭い音のギターとオルガンから始まるサイケ?寄りの曲で、ビートルズという固有名詞こそ登場しませんが<薔薇の花をベッドに敷き詰めてジョンとポールが愛し合っている><空をヨーコは一人飛んでいる>とシュールな歌詞の中にメンバーのジョン・レノンポール・マッカートニー、そしてジョンの妻であるオノ・ヨーコが登場しています。

2.由紀さおり「恋文」(1973)→シャルル・アズナヴール

(作詞作曲 吉田旺・佐藤勝)

由紀さおりさんが73年にリリースしたシングル。<アズナヴール流しながら・・>という歌詞から始まる曲なので西洋的世界観を一瞬連想させますが、曲(と一部言葉遣い)はかなり和風寄りというのがユニークです。シャルル・アズナヴールはフランスの大ベテラン歌手で、「機動戦士ガンダム」シャア・アズナブルの名前の由来にもなっています。ちなみに著者は2016年にシャルル・アズナヴールのコンサートに行っており、既に90歳を超えていたにもかかわらず見事な歌唱力&パフォーマンスに圧倒されました。

3.野口五郎「ときにはラリー・カールトンのように」(1976)→ラリー・カールトン

(作詞作曲 麻生香太郎・佐藤寛)

野口五郎さんが76年にリリースしたアルバムのアルバムタイトル曲。ラリー・カールトンは野口さんも敬愛し、彼の海外レコーディングアルバム「北回帰線」にも参加しているフュージョン系ギタリストで、おそらくラリーさんへのリスペクトを込めてこのタイトルを付けたのではと想像します。ラリー・カールトンという名前は最後に一回登場するのみですが、その後彼のギターの音色を若干意識したようなソロが展開。

4.吉幾三「俺はぜったい!プレスリー」(1977)→エルヴィス・プレスリー

(作詞作曲 吉幾三)

吉さんがブレイク前にリリースしたフォーク寄りのコミックソング的シングル。エルヴィス・プレスリーはロックンロールの礎を築いたアメリカのスーパースターの一人。吉さん自身はプレスリーの曲は知らなかったそうですが、この曲がリリースされた1977年にプレスリーが亡くなるニュースを聴きこのタイトルを付けたそうで、「田舎のスーパースター」というイメージでプレスリーという名前が歌詞に使われています。

5.杏里「オリビアを聴きながら」(1978)→オリビア・ニュートンジョン

(作詞作曲 尾崎亜美)

おそらくこのテーマで誰もが一番イメージする曲だと思われる、杏里さんによる現在でも幅広く歌われているバラード。オリビアとはオーストラリア出身で70年代80年代日本でも人気を博した女性歌手オリビア・ニュートン=ジョンを指しており、杏里さんがオリビアを好んで聴いていることをヒントに作詞作曲を担当した尾崎亜美さんがタイトルと曲にオリビアの要素を盛り込み、結果実際の杏里さん同様オリビアを好んで聴く女性が主人公の曲が完成。サビの<Making A Good Thing Better>はオリビアのアルバム及びアルバムタイトル曲から拝借されており、オリビアのポジティブな歌詞内容とは対照的なニュアンスのものとして使用されています。


6.沢田研二「想い出をつくるために愛するのではない」(1978)→イーグルス

(作詞作曲 阿久悠・大野克夫)

ジュリーこと沢田研二さんの全盛期に発表されたアルバム収録の静かながら重厚なバラード。誰かと別れた後、一人物思いに耽る男を描いた歌詞の中で<イーグルス聴いた 5杯目の酒を飲んだ>と、ほぼ同時期「ホテル・カリフォルニア」が大ヒットしていたアメリカのロックバンド、イーグルスが登場。退廃的な世界を描いた「ホテル~」のイメージが歌詞の雰囲気に合致した故のチョイスなのではと推測。

7.高田みづえ「私はピアノ」(1980)→ラリー・カールトン、ビリー・ジョエル

(作詞作曲 桑田佳祐)

高田みづえさんによるサザンオールスターズのカバー曲で、五郎さんの曲でも紹介したラリー・カールトン、そして70年代から80年代特に人気を博したビリー・ジョエルが歌詞に登場。どちらも原曲を歌っていたサザンのメンバー、原由子さんのフェイバリットであるミュージシャンで、<二人して聴く>のはラリー、<雨の降る夜は>ビリー、あるいは<情けない女になってしまいそうな時には>サンバと、その時のシチュエーションや心情によって聴く音楽が変わる女性が描かれています。

8.清水宏次朗 「ビリー・ジョエルは似合わない」(1984)→ビリー・ジョエル

(作詞作曲 秋元康・林哲司)

「ビーバップ・ハイスクール」でもお馴染みの俳優兼歌手、清水宏次朗さんのオメガトライブ風のシングル。男女の別れの1シーンの中で、おそらく二人で聴いたであろうビリー・ジョエルが今は悲しく聴こえる切ない小道具の一つとして使われており、終盤には<いつか僕を想い出したら ラジオにでもリクエストして アップタウン・ガール>という当時のビリーの大ヒット曲「アップタウン・ガール」も登場しています。


9.中森明菜「ミック・ジャガーに微笑みを」(1986)→ミック・ジャガー(ローリング・ストーンズ)

(作詞作曲 竹内まりや)

中森明菜さんが大御所の仲間入りを果たした頃に発売したアルバム「CRIMSON」の最後を飾る曲。不倫?関係の男女がラジカセで聴くのがビートルズと並びイギリスの大御所ロックバンド、ストーンズ(=ローリング・ストーンズ)で、言わずもがなミック・ジャガーはストーンズのフロントマン。<声を合わせて歌うの"Time is on my Side">と彼らの曲名も登場し、<あなたは私のミック・ジャガーよ>と男性をミックに例えています。ちなみに「Time is on my Side」沢田研二さんもよくライブで披露する曲でもあり、90年代には玉置浩二さん、高橋幸宏さんらとCMで歌ってもいます。


10.松本伊代「Last Kissは頬にして」(1986)→デュラン・デュラン

(作詞作曲 松本隆・関口誠人)

松本伊代さんが以前よりも大人っぽい路線を歩み始めた頃のシングル。冒頭から<人影のないカフェ・バーで最後に聴いたデュラン・デュラン>と早速グループ名が登場。デュラン・デュランは80年代に女性を中心に人気を博したイギリスのグループで、女子大生の卒業がテーマの歌詞内容を考慮すると学生時代に聴いた思い出になりつつある物の一つとしての役割を担っているようにも感じます。余談ですが、この曲が収録された上記のアルバム「コンプリート・シングル・コレクション」デュラン・デュランのアルバム「ノートリアス」の発売日はどちらも同じ1986年11月21日です。


如何でしたでしょうか。曲によって大まかなイメージや雰囲気作りとして、または心情を効果的に表す為に洋楽の歌手やグループが時として使われているのが伺えたはずです。ちなみに10曲思いつきこの記事を書いている途中で、他にも候補となる曲を思い出したのですが、それらはまたある程度曲が見つかってから機会があれば投稿したいと思います。




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