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編曲家の船山基紀さんをお招きしたトークイベント「レジェンドが語る!昭和ポップスの裏方の世界」に参加しました

かなり前になりますが、WEBサイト「あなたの知らない昭和ポップスの世界」を運営し僕も所属している「平成生まれによる昭和ポップス倶楽部」でもお世話になっているさにーさん主催による編曲家の船山基紀さんをお招きした9月9日に新橋の歌謡曲バー、スポットライトで開催されたトークイベント「レジェンドが語る!昭和ポップスの裏方の世界」に参加しました。

・船山基紀さんについて

船山さんは70年代の歌謡曲全盛の時代から現在のJ-POPに至るまで第一線で活躍してきた編曲家の方で、昭和の時代なら沢田研二「勝手にしやがれ」、中島みゆき「時代」、クリスタルキング「大都会」、少年隊「仮面舞踏会」、平成以降のジャニーズならKinki Kids「ジェットコースター・ロマンス」、TOKIO「AMBITIOUS  JAPAN!」、King&Prince「シンデレラガール」等数多くのヒット曲を手掛けており、歴代編曲家シングル総売上には小室哲哉さんに次ぐ第2位にランクインしています。僕が好きな作曲家、筒美京平さんとの仕事も多く、印象的なイントロ等は船山さんが手掛けていると言っても過言ではありません。

・イベントの様子

会場にはリアルタイムで船山さんが手掛けた楽曲を聴いてきたと思われる方々に加え、昭和ポップス倶楽部のメンバーも何人か参加する等幅広い年齢の人々が散見され、船山さんは司会・進行のさにーさんと椅子に座りトークを2時間程展開。我々のほんの数メートル先にいらっしゃる船山さんはとても紳士的且つ親しみが持てる印象で、様々なエピソードや数々の質問について丁寧に答えて下さりました(さにーさんも幅広い知識をお持ち故に一つ一つのエピソードを上手く深掘り)。

・印象的なエピソード、小ネタ(箇条書き)

最初は主に船山さんの生い立ちやデビューまでの経緯等を振り返っていたのですが、中盤からは手掛けた曲の細かなエピソードを語って下さり、スマホにメモした内容をややバラバラですが書いていきます(ちょっと濃い目のエピソードも有るのでご容赦ください)。

・曲関連

沢田研二「勝手にしやがれ」のあの派手なイントロはコンプレッサーの効果大で、ピアノはダビング。イントロのフレーズは作曲した大野克夫さんによるものだそう。

・楽曲のリズムパターン等の指示は作曲家・ディレクターによるもの。

・忙し過ぎて誰の曲を手掛けたか覚えていない。

・ライバルとして意識しているのは同じく編曲家の新川博さん。

・80年代前半に一旦仕事を整理しロサンゼルスに旅立った時には筒美さんから「船山君バカだねぇこんな時アメリカに行くなんて」と言われるも、現地のある場所の地下室で後に船山さんが多用する事になるシンセサイザー「フェアライト」に出会う。そして帰国後そのフェアライトを導入して作ったのが筒美さん作曲の柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」(ドラムはプログラミングとも仰ってました)。

TOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」は筒美さんをスタジオで見た最後の曲。船山さんは長瀬智也さんから「大きなステーキおごりますから」とも言われたそう。

・自分が編曲した中で一番好きなのは五輪真弓「恋人よ」。最初は「枯葉」という曲名で、ストリングスが良い。

・会って緊張しなかったのは渡辺真知子さんのみ。逆に特に緊張したのは1978年頃お会いした森進一さん。

・手掛けた曲を提供したかったのはサザンオールスターズ。編曲に対し嫉妬したのは萩田光雄さん編曲の太田裕美「木綿のハンカチーフ」

・洋楽好きで昭和歌謡はそんなに好きではなかったが、内山田洋とクールファイブ「長崎は今日も雨だった」のあのイントロのサックスはサックス吹きだとやらないフレーズ(で印象的)。※船山さんは元々吹奏楽部出身且つサックス奏者でもありました。

田原俊彦さんとの仕事は楽しく、ディレクターの方が自由(な方)で何をしても良かった。「ハッとして!Good」は好きだったグレン・ミラーの影響を強く出した曲。

・売れなかったけど好きな曲は野口五郎「女になって出直せよ」。レコーディングメンバーがラリー・カールトンネーザン・イースト等凄く、間奏のラリーのソロは彼の家で録ったもの。イントロのカウントの声はドラムのジェイムズ・ギャドソンで、ホーンセクションはタワー・オブ・パワー

沖田浩之「E気持ち」では、作曲の筒美さんが歌詞に登場するABCについて嬉しそうに説明してくれた。

・ほぼ同い年で船山さんと同じくシンセサイザー(シンクラヴィア)を楽曲に取り入れていた松任谷正隆さんとは世界歌謡祭で一緒になった位で交流あまり無し。シンクラヴィアについてはフェアライトより高く、数も少ないので考える余裕が無かった。

河合奈保子「スマイル・フォー・ミー」をはじめとする編曲違いのバージョンが存在する曲はそれぞれアルバム用、シングル用と分けられた。

田原俊彦さんの初期の楽曲提供者である宮下智さんが実在したと知ったのは最近で、トシちゃんのコンサートでお会いした。当時曲はディレクターが影で作っていると思っていたそう。

・自分のスタイル(作風)に拘ってしまうと職業的作曲家になれない。

・今の世の中に足りないのはメロディー。林哲司さんの曲が流行るのはやはりメロディーが良いから。

・実はカラオケに行った事がない。中山美穂さんの曲がヒットした記念で作詞担当の松本隆さん、作曲担当の筒美京平さんらと高級旅館に行きそこで唯一カラオケをしようとしたが結局ディレクターが歌った。

・気分転換はせず、色んな曲を聴き取り入れられるものはないか探す。

中島みゆきさんとちゃんと話したのは「宙船(そらふね)」の時で当り障りのない内容(歌手の方と直接お会いする機会は実はとても少ないそうです)。

少年隊「仮面舞踏会」のイントロは歌番組のバックバンド泣かせ。

・最後に

初めて知るエピソードの数々、そして常に第一線で活躍する方ならではの編曲家として大事な姿勢を伺い知る事が出来た大変貴重なイベントでした!最後には一緒に写真まで撮らせて頂いたうえに幾つかの質問にも答えて頂き本当に有難かったです。船山さんは勿論、このような企画を実現して下さったさにーさんにも感謝したいと思います(またお願いします)。



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